フランス・フットボール通信BACK NUMBER
ヘルタとウニオンがついに対戦。
悲願を叶えたベルリン・ダービー。
text by
パトリック・ソウデン&アレクシス・メヌーゲPatrick Sowden et Alexis Menuge
photograph byThomas Wattenberg/picture-alliance/Presse sports
posted2019/12/23 11:00
1990年にベルリンのオリンピアシュタディオンで開催された、壁崩壊後では初となるベルリン・ダービーの入場シーン。
“貧しいがセクシーな街”ベルリン
他方でヘルタは、ウニオンが自分たちには見出しえなかったアイデンティティを確立していることに、多少のいら立ちを禁じえなかった。
しばらく前までクラブは、1部と2部の往復を続けていたが、このところ投資家たちの興味を集めて1部の中位に安定している。
著名な投資家であるラルス・ウィンドホーストは、クラブの株の37.5%を買い取り、1億2500万ユーロをそのために投資したのだった。
ドイツサッカーの経済的な好調とも相まって、投資を望むものは後を絶たない。その対象が、元市長から“貧しいがセクシーな街”と形容されたベルリンであっても、である。
「サッカーに関してベルリンは複雑な街だ」
街はサッカークラブで溢れている。そのいくつかは、ヘルタやウニオンとも異なる独自の歴史を有している。ディナモは常にあり続けているし、テニス・ボルシアも財政破綻を乗り越えて再建を果たした。
「サッカーに関してベルリンは複雑な街だ」とグリュネは言う。
「すべての地区、すべてのコミュニティごとにクラブがあって、その数は計り知れない。だがどこも、街のトップになりたいという野心を持たない。ヘルタにしてもブンデスリーガの中で安定したが、そこから先の野望を持っているわけではない。
逆に自前のスタジアムを持たずにペナルティを科せられた。近い将来にすら不安を抱えるとはいえ、現状ではヘルタがベルリンで唯一のヨーロッパを狙えるクラブだ。
ここにはチャンピオンズリーグがない。それがロンドンやマドリードとの違いで、ベルリンもその恩恵に浴するべきだ。そうなったときにはじめて、首都として相応しいサッカーの街になるのだから」