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ルイス・エンリケ監督復帰の闇。
果たして誰が嘘をついているのか。 

text by

横井伸幸

横井伸幸Nobuyuki Yokoi

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photograph byUniphoto Press

posted2019/12/06 11:30

ルイス・エンリケ監督復帰の闇。果たして誰が嘘をついているのか。<Number Web> photograph by Uniphoto Press

ローマ、バルサ、そして代表でルイス・エンリケ監督が残した実績は確かだが、どうも今回のプロセスには違和感が残る。

ルイス・エンリケの言い分は……。

 次は11月27日に就任会見を開いた、ルイス・エンリケの言い分だ。ルビアレス会長とモリーナのほか全スタッフを従えていたが、そこにモレノの顔はなかった。

「ここにモレノがいないのは、協会ではなく私がそう決めたから。彼との行き違いはここ数カ月で彼と話をした唯一の日――9月12日に生じた。『ユーロ本選まで監督を続けたい。その後、使ってくれるなら、アシスタントに戻る』と言われた。彼の立場で考えてみれば理解できる。

 彼は野心家であり、それはこの世界では悪いことじゃない。だが、不誠実だ。そういう人物は自分のスタッフには要らない。度を超した野心は大きな欠点だ。だから、『二度とアシスタントにすることはない』と彼に伝え、他のスタッフには電話をかけて、私の口から聞いた言葉のみを信じるよう求めた。協会に(復帰したいと)自分から連絡を取ったことはない」

「状況が一変したのは10月31日。会長とモリーナに会い、真っ先に伝えたのは『私との約束はすべて忘れてくれ』ということ。ただ彼らは復帰できるのか知りたがっていたので、その気はある、もう一度やりたいと言った」

「娘を亡くしてすぐ、以前の生活を取り戻したいと願っていることに気付いた。何よりも好きなサッカーの世界に戻って戦い、人生はまだまだ続くことを家族に示したかった」

「なぜ僕をお払い箱にしたのか」

 最後はモレノの見解だ。

 代表でのラストゲーム以降ずっと沈黙を守っていたが「個人的に、しかも不当な理由で責められてきたので、必要と思われる情報を提供する」と、バルセロナのホテルに記者を集めた。11月28日のことだ。

「6月19日、ルイス・エンリケの辞任を受け、会長に呼ばれて僕が監督になることや契約期間はユーロ後までになることなどを伝えられたが、承諾する前にルイスに許可を求めた。あのとき自分が引き受けていなかったら他の誰かが監督になっていた。ルイスが復帰することはなかっただろう」

「最初の合宿前(8月下旬から9月初旬と思われる)、ルイス・エンリケに会い『やるべきことをやってくれた。誇らしい』と言われた」

「シャナのことがあったので9月12日に弔問した。3日の記者会見で話した『監督の座を譲る』ということを直接伝えたら、『素晴らしい。だがもう君は要らない』と言われた。ショックを受け、自分は何をしくじったんだと自問し続けた」

「11月15日のマルタ戦後、記者会見での質問でルイス・エンリケが復帰したがっていることを悟った。自分の存在をルイスが快く思っていないことはわかっていたので、自分は誠実であることを示すために、辞めたいと会長に申し出た」

「今になってもルイス・エンリケがなぜ僕をお払い箱にしたのかわからない。不誠実で度を越した野心家とまで言われたが、自分はそんな人間じゃない。このまま何年経とうが、真相はわからないままなのだろう」

 3人の話を並べたところで矛盾点があるということは、誰かが嘘をついているのだろう。だが、モレノが言うとおり、真相が明らかになることはおそらく永遠にない。

 スペイン代表は、闇を抱えたままユーロ本選に臨むのだ。

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ルイス・エンリケ

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