クライマーズ・アングルBACK NUMBER
16歳の天才少女が東京五輪急浮上。
“03line”クライマー、森秋彩の欲の形。
text by
森山憲一Kenichi Moriyama
photograph byKenichi Moriyama
posted2019/11/27 18:00
8月に東京・八王子で開催された世界選手権で、リード種目では3位となった森秋彩。
今も純な目でクライミングを見ている。
オリンピックという大舞台のプレッシャーと、大人の事情の荒波にさらされながらも、自分のクライミングを見失うまいと必死にふんばっている16歳。
インタビュー中、彼女がふと口にした言葉に、この重圧を克服する光を見た気がした。好きなクライマーはだれかと聞いたとき、韓国のイ・ドヒョンという無名選手の名前をあげたのだ。「しなやかだけどバネがあって、登り方がかっこいい」と。
ここで、ガンブレットや野口啓代などの有名クライマーの名をあげるのではないところが森らしいなと私は感じた。そういう確立した存在にではなく、彼女はクライミングの動き自体に魅力を感じ、注目しているのだ。じつは森はこのとき、ドヒョンの正しい名前さえうろ覚えであった。
「今の秋彩さんにとっては、とにかく登っているだけで幸せであるらしい。この邪心のなさが、秋彩さんの強さのカギだ。これが失われないかぎり、茨城の天才少女が世界の舞台で活躍する姿を、そう遠くない未来に見ることができるだろう」
3年前、私は初めて森を取材したときの記事でこう書いたことがある。
名前もよく知らないクライマーのしなやかな登りに惹きつけられていると聞いたとき、この一文を思い出して少し安心した。今でもこうした純な目でクライミングを見ているのならば、現在の厳しい状況もきっと克服していくことができるだろう。
目が覚めるような鮮烈な登りを。
11月25日、森はフランスに向けて旅立った。28日から始まるオリンピック予選大会に出場するためだ。とはいえ選手選考トラブルの行方次第では、ここで結果を出してもオリンピック出場はかなわないかもしれない。
しかし森の立場で今やれることは、結果がどうあれ全力を尽くすことだけだ。むしろこういう状況になったからこそ、成績を気にせずに全力を出し切ることだけに集中できるチャンスなのかもしれない。
トラブルに揺れるクライミング界。そこに16歳の鮮烈な登りを見せつけて、皆の目を覚まさせてほしいと願っている。