令和の野球探訪BACK NUMBER
ドラフト指名漏れの高橋佑樹が力投。
日本一に導いた慶應大左腕の神宮愛。
text by
高木遊Yu Takagi
photograph byYu Takagi
posted2019/11/21 20:00
捕手・郡司裕也(中日4位)と抱き合う高橋佑樹。大好きな神宮のマウンドで日本一に輝いた。
3年秋の早慶戦での悔しい思い。
ここにはさまざまな思い出も詰まっている。
中学時代は東京神宮リトルシニアで全国準優勝、埼玉・川越東高時代も3年春に埼玉大会と関東大会で準優勝と、これまで大きな大会で優勝と縁がなかった高橋。慶大でこそ2度のリーグ優勝を経験したが、大学2年秋の優勝決定試合では登板はなく、3年春は他校の敗戦により優勝が決まっていた。「自分が投げると良いところまでは行くけれど、また準優勝に終わるんじゃないか」とこの日の決勝前は不安になることもあったと苦笑いする。
過去を振り返れば、忘れられない試合もある。3年秋の早慶戦。この伝統の一戦で勝ち点を挙げれば慶大として46年ぶりのリーグ3連覇がかかっていた。だが、1勝1敗で迎えた3回戦、先発した高橋は8回まで早大打線を3点に抑え1点をリードしていたものの、最終回にピンチを招いて降板。すると後続の投手陣が打たれ、逆転負け。宿敵に敗れたことで、勝率の差で優勝は法大に転がり込んでしまった。
退任する大久保監督のためにも。
その悔しさを糧にチームとともに鍛錬を続けてきた。この春は同じく最終週の早慶戦3回戦で3安打完封。すでにリーグ優勝を逃した状況ではあったが、見事に雪辱を果たした高橋は号泣。これには大久保秀昭監督ももらい泣きし「責任を感じていたと思うんですよ。それを乗り越えてくれたのが嬉しい。学生野球っていいなと思いました」と声を震わせ喜びをかみしめた。
明治神宮大会は、さまざまな感情を味わってきたマウンドに慶大のユニフォームを着て上がる最後の機会。さらに4年間にわたって目をかけ続けてくれた大久保監督(来季は社会人野球・JX-ENEOSの監督に復帰)の最後の試合でもあった。
「マウンドでそんなこと考えたら泣いちゃうんで、打者のことだけを考えて投げました」
高橋は初回から無心で飛ばした。それが功を奏した。神宮球場の風も、この場所に愛情を注いできた高橋の後押しをするように強く吹く時間が長かった。