フランス・フットボール通信BACK NUMBER
イスラム国家で女性がサッカーを……。
男子チームの女性監督、サルマの闘い。
text by
ポリーヌ・オマンビイクPauline Omam Biyik
photograph byAshraf Shazly/AFP
posted2019/11/24 11:30
2018年まで指揮を執っていたハルツーム地方の男子チーム「アルガダーレフ」での練習風景。
「サッカーは私の人生そのもの」
彼女はこう述べている。
「宗教が障害になったことは一度もなかった。イスラム教は女性のスポーツを一切禁じてはいないし、開かれた寛容な心さえあれば、ふたつは完ぺきに融和(両立)できる。
ただ、ある人々は女性が大人しく家に留まることを好む。制約は確かにあるわ」
その点は状況が改善されたとはいえ、まだまだ不十分であるのは間違いない。
「スーダンでは社会のあらゆる面において女性の解放が抑制されている」とサルマは続ける。
「大多数の人は保守的だけど、私の決意は固かった。それに家族が私を支えてくれた。サッカーは私の人生そのもので、子供のころからサッカーのためだけに生きてきたから」
彼女はプレーが大好きだった。ボールと触れ合うのが唯一の楽しみで、サッカーでキャリアを築くのが密かな夢だった。しかしスーダンには、女子のチームなどどこにもない。
「実現の可能性があまりにも少ない夢だったし、明日の望みのない幻想だった」と彼女は回想する。厳しい現実の中で、方向転換する以外に道はなかった。彼女は言う。
「弟のチームの練習をずっと見ていた。そしてそれぞれのセッションの後で監督から話を聞いた。彼から本当に多くを学んだし彼に凄く助けられた。監督になりたいと思うようになったのも彼の影響だった」
これまでも多くのタブーを打ち破ってきた。
弟のチームの監督にしても、彼女を起用するためには多くのタブーを打ち破らねばならなかった。だが彼は、彼女に指導者としてピッチに立つ機会を与えた。最初はU-13、次いでU-16チーム。首都カーツーム近郊の街オムドゥルマンの、アルヒラルFCでのことだった。
「サルマはすべてを学んだ」と、彼女の近親者のひとりは言う。
「特に戦術にとり憑かれているように見えた。夜になると彼女は、コップやナイフ、フォークを使って、キッチンのテーブルの上で何時間もいろいろ動かして楽しんでいた。もちろんスープを作るためではなくて、戦術理解を深めるためのものだったよ(笑)」
監督修行のスタートは難しく、当初は危ぶむ声も多かった。
だが彼女は決して諦めなかった。