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ロッテ福浦和也、引退挨拶全文――。
千葉の顔となった男の貪欲な26年間。
posted2019/09/26 12:00
text by
永田遼太郎Ryotaro Nagata
photograph by
Kyodo News
季節外れの大吹雪が幕張の空を白く染めていた。
場内を一周する背番号「9」には、大量の紙吹雪とこの日球場に集まった3万343人の拍手とコールがいつまでも降り注いで鳴り止まない。
9月23日、ZOZOマリンスタジアム。千葉ロッテ・福浦和也が、26年間の現役生活に別れを告げた。
選手、スタッフ、ファン、様々な方面から愛された選手だった。
千葉ロッテにとって特別な数字「26」。その数字と同じ26年間で現役を終えたのもただの偶然とは思えない。
地元千葉県習志野市に生まれ、ロッテには1993年のドラフト7位で投手として入団。背番号の「70」が示すように当時の期待値は決して高くなかった。その後、二軍コーチをしていた山本功児さんの勧めで野手に転向すると、プロ4年目には一軍昇格を果たし、努力で成り上がって行った。
通算2235試合出場。生涯打率はなんと2割8分4厘。「福浦安打製造所」と言われた所以でもある。2001年から'06年にかけては6年連続で打率3割をマークし、昨季は球団史上3人目の2000本安打も達成した。
“ミスターロッテ”といえば、オールドファンならまず有藤通世さんを思い浮かべるだろうが、千葉移転以降のロッテの顔は、この福浦をおいて他にいない。福浦が歩んだ26年はそのままロッテの千葉移転以降の歴史そのものだった。
「出なくて良い」と言ったんです。
そんな福浦に引退試合を目前に控えた心境を聞きに行ったのは9月中旬頃のことである。
すると彼は、一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべこんな答えを返した。
「僕は今シーズンが始まる前に『出なくて良い』と言ったんです。でも、井口(資仁)監督がああやって(スタメンで出てほしいと)言ってくれているので、言われたからには準備はしていますけど、僕は最初から出なくて良い、セレモニーだけで良いからと言ったんです」
東北楽天と熱いCS争いを展開している中、チームの足を引っ張りたくないという想いから思わず出た言葉だった。
当時、二軍も東北楽天と優勝争いの真っ只中だった。
兼任打撃コーチとしての職を疎かにし、自身のためだけに時間を削る。そんな自分が許せなかった。