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千葉雅也が考える身体と精神のいま。
「効率よく金を稼ぐ体」から離れて。
posted2019/08/15 08:00
text by
八木葱Negi Yagi
photograph by
Kiichi Matsumoto
「人間というのは、無駄なことをするから人間」
「非常に複雑な言語能力と卓越した身体能力っていうのは2つに1つ」
「ビジネスと筋トレが一致する理由の1つは、ネオリベラリズムにある」
これは1つのインタビューの中で登場した3つの言葉である。言葉の主は、哲学者・千葉雅也氏。
すぐには関係性を見つけることが難しいそれらの言葉は、時に理路整然と、そして時には大胆な連想のジャンプによってアクロバティックにつながれていった。
立命館大学大学院の准教授であり、いま日本で最も注目を集める哲学者は、スポーツと哲学、身体と精神について何を語るのだろうか。
筋トレブームとネオリベラリズム。
――お時間いただきありがとうございます。今日は千葉さんがスポーツや肉体についてどんなことを考えているか、という話をお聞きできればと思っています。
千葉 大きなテーマですね、でも話しているうちに色々出てくるでしょう。
――その入り口として、千葉さんもかなり本格的にされている「筋トレ」の話からスタートしてみたいと思います。世界中で起きている筋トレブームについて、千葉さんはどんな風に捉えているんでしょう?
千葉 いま多くの人がやっている筋トレは、典型的なアメリカ文化の1つですよね。アメリカは建国の時からサバイバル感覚が強い国で、「最後は身ひとつでなんとかしなければいけない」という発想が強いわけです。
『ランボー』とかね。どんな道具も使えて、どんな状況でも戦えて、自分で自分を手術することさえできる、という。そのサバイバル的な自己管理の感覚が、グローバルな経済競争と一緒に世界に広がっているのだと思います。
――筋トレが経済競争、ビジネスと関係しているんですね。
千葉 そう思います。体を鍛えろ、タバコを吸うな、有機野菜を食べろ、というのは結局のところ「効率よく金を稼げる体をいかに作るか」ということ。最近はそこに精神のコントロールも入ってきて、マインドフルネスのような形で雑念をシャットアウトしてビジネスに専念せよ、と追い立てられているわけです。だから筋トレとビジネスの一致が言われる理由の1つは、ネオリベラリズムにあると言うべきです。
――たしかに、経営者やビジネスマンで体を鍛えている人は多いです。それは日本でも同じ、ということでしょうか。
千葉 同じでしょうね。ただ西洋的な「成長し、膨張する」という価値観に対し、日本には引き算の文化があるので、その間の緊張関係はあるのかもしれない。三島由紀夫の筋トレは有名ですが、彼も対米従属状態の中で日本的精神に力を取り戻させたいというのと、体を鍛えるということが関係していたんでしょうね。