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運命の馬で“夢”を叶えた名物馬主。
キズナ産駒と武豊でダービーを。
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byHideharu Suga
posted2019/08/18 08:00
「ディープインパクトそのままの走り方でした」。佐々木調教師はかつてのキズナを見て“大物の予感”がしたと振り返る。
「すごいオーラの男が歩いてくるな」
つづく京都新聞杯も完勝。翌日、凱旋門賞に登録した。次はいよいよダービーだ。
前田代表は「ダービーを獲るのはこういう馬だろうな」と当歳のときから感じていたキズナで参戦する日を心待ちにした。
佐々木師は100%勝てると思っていたので、毎日が楽しくて仕方がなかった。
武は、自身が乗ってダービーを勝ったディープインパクトの産駒でダービーに出られることが嬉しかった。しかも、節目の第80回。また、天気予報で良馬場が予想され、1枠1番を引き、1番人気が期待できるとなったとき、「自分が勝つのではないか」という思いを抑え切れなくなっていた。
ダービー当日、パドックにいた佐々木師が、「すごいオーラの男が歩いてくるな」と思ったら、武だったという。特別な一戦に懸ける強い思いが滲み出ていたのだろう。
駆け抜けたラスト20m。
その武が描いていたレースプランは、「前半は好きなように走らせ、直線で追う」というシンプルなものだった。
キズナは道中、後方3、4番手の内を進んだ。4コーナーで武の手が動いた。折り合いがついていたぶん、エンジンが掛かるのに時間を要したのだ。それでも陣営の誰ひとり不安に感じることはなかった。ところが、直線に入ると、前方をフラフラしながら走る馬がキズナの進路を塞ぎかけた。
武はそこで無理に動かなかった。抜け出すタイミングをはかり、進路ができたラスト200m地点でスパートをかけた。キズナは綺麗に全身を使ってストライドを伸ばし、ゴールまで残り数完歩でエピファネイアに並びかけ、そしてかわした。
キズナが80代目のダービー馬となり、武に史上最多の5度目の「競馬の祭典」の栄冠をもたらした。14万近いファンから「ユタカコール」が沸き起こった。
「ぼくは、帰ってきました」
スタンド前の勝利騎手インタビューで、武は言った。ファンからの「お帰りー」という声が胸に響き、自然と出た言葉だった。
3年前の落馬負傷を機に不振に陥り、前年はデビュー以来最低の56勝しか挙げられなかった。その天才騎手を、毎日杯で、そしてダービーで、キズナが蘇らせた。