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武豊も愛したディープインパクト。
人間なら50代、飛ぶように逝く。

posted2019/07/31 11:55

 
武豊も愛したディープインパクト。人間なら50代、飛ぶように逝く。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

武豊が「飛んでいるようだった」と評したディープインパクト。無類の強さで愛されたサラブレッドが17歳の生涯に幕を閉じた。

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島田明宏

島田明宏Akihiro Shimada

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Takuya Sugiyama

 史上2頭目の無敗の三冠馬ディープインパクトが、7月30日の早朝、世を去った。17歳だった。突然の早すぎる死に、競馬界は驚きと悲しみに包まれた。

  ディープインパクトは種付けシーズン開始直後の今年2月18日に首の痛みを訴えた。そのため、24頭に交配した時点で種付けを中断。繋養先の社台スタリオンステーションで経過観察がなされ、痛みの原因となる部位が判明したため7月28日に頸椎を固定する手術を受けた。

  手術は成功したのだが、29日午前に容態が急変し、起立不能の状態に。傷めていた部位とは別の箇所の骨折が判明し、回復の見込みがないため、安楽死の処置が取られた。

  サラブレッドの17歳は、人間なら50代前半に相当する。ディープの父サンデーサイレンスも16歳の若さで世を去ったが、20歳を過ぎても種牡馬生活をつづける馬もいる。戦後初の三冠馬となったシンザンは35歳まで生きた。

武豊「飛んでいるような感じ」

  ディープインパクトは、17年の「馬生」で、競走馬としても、種牡馬としても、日本中、いや、世界中に馬名どおりの衝撃を与えつづけた。

  クラシック三冠の皮切りとなる2005年の皐月賞では、スタート直後に躓いて大きく出遅れながら、直線だけで前を差し切った。騎乗した武豊が「走っているというより飛んでいるような感じ」と表現したように、普通のサラブレッドとは別の次元を走るかのようだった。

  二冠目のダービーは5馬身差の圧勝。三冠目の菊花賞は、序盤で折り合いを欠いて場内をどよめかせながら、最後はいつものように「飛んで」、1984年のシンボリルドルフ以来21年ぶり、史上2頭目の無敗の三冠馬となった。圧倒的な速度差で他馬をかわす末脚は、驚異的というほかなかった。

  あまりに強いので、競走馬総合研究所でディープの四肢の接地時間や滞空時間を科学的に解明する試みが行われるなど、「競馬を科学する」という動きを生み出した。また、京都競馬場で行われた菊花賞の模様が東京都内のデパートの館内放送で実況中継されるなど、存在自体が社会現象となった。

  ディープは、競馬に興味のなかったたくさんの人々の目をターフに向けさせた。

【次ページ】 「強さ」だけでヒーローとなった。

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