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ディープ急死はイギリスでも話題。
現役ラストラン、武豊との逸話とは。

posted2019/08/02 08:00

 
ディープ急死はイギリスでも話題。現役ラストラン、武豊との逸話とは。<Number Web> photograph by Satoshi Hiramatsu

当時の「芝長距離部門」の世界ランク1位として臨んだ2006年の凱旋門賞では、断然の1番人気に支持された。

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平松さとし

平松さとしSatoshi Hiramatsu

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Satoshi Hiramatsu

 聞くところによると7月29日に突然、起立不能となり、翌30日の午前、検査をしたところ頸椎骨折が判明。回復が見込めないことから安楽死処分がなされたとのことだ。

 日本競馬史上最強馬はまだ17歳。早過ぎる死を悼む声は各方面から上がっている。私は取材先のイギリスでこのニュースを耳にしたが、現地でもF・デットーリ騎手を始めとしたホースマンや多くの記者、リポーターが話題にしていた。

 ディープインパクトが競走馬としてそのヴェールを脱いだのは2004年12月19日。その後、引退までパートナーとなる武豊騎手を背に、阪神競馬場、芝2000メートルの新馬戦に出走すると、これを圧倒的な強さで快勝した。

 手前味噌になるが、この1戦のみの時点で、私は武豊騎手にインタビューし、雑誌にその談話を掲載している。初戦からそれくらい衝撃的な競馬をしてみせたのだ。

皐月賞ではスタート直後に躓いたが。

 その期待に違わぬ走りをその後も見せ続ける。年が明け、3歳初戦となった若駒Sがまた圧巻だった。4コーナーでもまだ「届かないのでは?!」という位置にいたが、直線でエンジンに火を点すと、アッと言う間に先頭に躍り出た。

 そして最後は天才騎手が持ったまま、早々に流したにもかかわらず2着に1秒近い差をつけて悠々とゴールに飛び込んだ。正に桁違いの規格を見せつけるレースぶりだった。

 その後、弥生賞を勝つと、クラシック第1弾の皐月賞に出走。単勝1.3倍という圧倒的1番人気に推された。このレースではスタート直後に躓き、あわやというシーンがあったが、百戦錬磨の武豊騎手のバランス感覚で落馬を回避した。

 苦しい競馬になるかと思われたが、終わってみればいつも通り独擅場。2着シックスセンスに2馬身半の差をつけてゴールすると、口取り写真の際に、武豊騎手はシンボリルドルフの岡部幸雄騎手のように人さし指を立てて見せた。“ナンバー1”の意味ではなく“一冠目”という意味であったことは、続いて出走した日本ダービーですぐに明かされる。

【次ページ】 ダービーでは大外を走って5馬身差。

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