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世界戦に敗れ去ったボクサーの人生。
黒田雅之の前に広がる、真っ白な世界。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byAFP/AFLO
posted2019/06/04 10:30
5月13日、世界戦の舞台としては小さかった後楽園ホール。ボクシングの聖地では、これからもボクサー達が血と汗を流し続ける。
「自分の人生がどうなるのかなって……」
話を聞いている最中、黒田の携帯に新田会長から電話があった。会長の声に耳を傾けながら、挨拶回りの予定をスケジュール帳に書き込んでいく。手を止め、黒田がつぶやく。
「スーツ着て、こんなことやってると、ボクサーには見えないですよね」
就職活動しているみたい――筆者が言うと「それもありですね」と黒田は笑った。
「自分の人生がどうなるのかなって、他人事というか、ちょっとおもしろいんですよね。高校生、大学生が就職先を決める時はこんな気分なのかなって。いまさらながら、彼らと同じ気持ちを味わってる。だから全然、悲観的じゃないです。これから(ボクシングを)辞めるにしても続けるにしても、自分の人生、きっと明るくなる気がしてるんです」
王者が日本に持ち込んだチャンピオンベルトを、黒田はほとんど見なかったという。
「家で、コーヒーを飲みながらゆっくり眺めるつもりでしたから」
だが現実として、家にベルトはない。次戦の予定も、就職活動の予定もない。
黒田雅之は、世界挑戦のために日本チャンピオンのベルトを返上した。
伊藤雅雪は、一度は腰に巻いた世界のベルトを奪い取られた。
黒田、32歳。伊藤、28歳。
ふたりのマサユキにあるのは、ただまっさらな未来だけだ。