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世界戦に敗れ去ったボクサーの人生。
黒田雅之の前に広がる、真っ白な世界。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byAFP/AFLO
posted2019/06/04 10:30
5月13日、世界戦の舞台としては小さかった後楽園ホール。ボクシングの聖地では、これからもボクサー達が血と汗を流し続ける。
「ボクサーとして生きてる実感だった」
渾身の拳は、からくも反応したムザラネの頭の上をすり抜け、空砲に終わる。
ほどなくして鳴り響いたゴングが、事実上の終戦を告げた。最後の3分間にチャンスの再来はなく、王者に両腕を抱え込まれた状態で試合は終わった。
敗戦に悔しさは当然あるが、「吐き出した」と黒田は言う。
「一歩外にずれてりゃよかったなとか、いくらでもそういうふうに思ったりはしますけど、現に試合で出たものが自分の実力なので。
試合中はいっぱいいっぱいでした。でも、いっぱいいっぱいになれたということが、ボクサーとして生きてる実感だったなって。ボクシングという競技を楽しむことはできてたなって思うんです。
負けて言うことじゃないんですけど(笑)」
試合後に待ち受けていたのは、この年代のプロボクサーにとって宿命的な問いである。現役続行か、引退か。気持ちは真っ二つに割れている。
「空っぽのコップの中に、いろんなものが出たり入ったり。空っぽにしたいんですけどね」
まず、再起の可能性について。黒田は言った。
「案外、伸びるような気がしないでもない。自分自身にまだ期待している部分もある」
身近にいる人々の声が背中を押してくる。試合後の検査で異常が見つからなかったことを知ったジムの関係者は「まだやれるね」と微笑み、新田会長も、現役続行を前提とするかのような言葉をかけてきたという。
「会長から、これまで教えてきた基本的なことはできてきたから、ここからは一歩進んだことをやっていこうか、と言われました。これは、暗に『復帰しろ』と言ってるのかなって」
「ボクサーって余計な一戦をやってしまいがち」
外界からの刺激も絶えない。
幾度もスパーリングで拳を交わしてきた井上尚弥が圧倒的な勝利を挙げた世界戦の映像は、いやでも目に飛び込んできて、ボクサーとしての自覚を疼かせた。
だが、すぐに心はブレーキを踏む。その先にある道の険しさもまた予測できるのだ。
「まだやれるという声に乗っかってボクシングを続けるとしたら、それは気持ちいいです。楽しいです。でも、それ相応の覚悟が要るし、結局はなあなあになってしまうボクサーもたくさん見てきました。
ボクシングは麻薬とも言われますけど、ボクサーって余計な一戦をやってしまいがちだと思うんです。まだやれると言われて試合を組んで、ふがいない判定負けをしたりだとか……。『やれるんじゃないか』『いや待て、余計な一戦かもしれない』。その自問自答ですね」