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麻薬密売の囚人とタイトル戦、週7バイト、“上戸彩に似てる”と売り出され…宮尾綾香38歳が語る《女子ボクシング》のシビアな現実
posted2021/10/28 11:01
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph by
Masayuki Sugizono
8月3日、東京オリンピックのボクシングで入江聖奈(日体大)が、日本女子初の金メダルを獲得したというニュースを目にした瞬間、思わず言葉にならないような声が出た。
「素直にうれしかったです。これで(女子ボクシング界が)少し変わるかもしれないなって」
プロ18年目を迎えている女子ボクサーの宮尾綾香は、しみじみと話す。秋も深まった10月半ばの月曜日。元WBA女子世界ライトミニマム級(現アトム級)王者の38歳は、昼下がりに五反田駅近くのワタナベジムに姿を見せ、練習の準備をきびきびと始めていた。
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自らバンテージを巻く作業は手慣れたものだ。午後2時から5時間、6時間はみっちり練習に打ち込む。フィジカルトレーニングもジムワークも窓から山の手線が見える広いフロアでこなす。現在は世界王座に返り咲くことを目指し、競技だけに力を注ぐ毎日を送っている。
「現役生活が残り少なくなってきたこともあり、スポンサーの方から『競技に集中したほうがいい。サポートしていく』と言ってもらったんです」
言葉には感謝の気持ちがこもる。寝ても覚めても、頭の中はボクシングのことばかり。食事も睡眠も、すべてはパフォーマンスを向上させるためにある。練習を重ねて、試合のリングに上がる瞬間は何物にも代えがたい。
「プロボクシングの世界は、自分が生きていることを実感できる場所です」
ファイトマネーだけでは食べていけない
今年7月まではスポンサー企業に支援してもらいつつ、フィットネスジムでインストラクターとして働いてきた。ファイトマネーだけでは食べていけないのだ。今も昔も余裕のある生活は送っていない。男子プロボクシングほどの華やかな舞台が用意されるわけではなく、シビアな現実がある。待遇面で恵まれていない事情は身をもって知っている。だからこそ、プロに転向しないことを明言する日本女子初の金メダリストを静かに見守る。
「『良いところもあるからプロにおいで』とは簡単に言えないです。悪い意味ではないのですが、アマとプロには見えない壁があります。違う競技と言ってもいいかもしれません」