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川上憲伸×高橋由伸
初対戦の「あの一球」を語る。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2019/03/29 16:30
1998年の黄金ルーキー・川上憲伸(左)と高橋由伸(右)。現在は、ともに野球解説者・評論家として活躍している。
「新人王は獲らなくてはいけない」
高橋「初めて対戦するまでは、憲伸だけのことを考えられる状況ではなかったんです。目の前のことに必死でしたから。大学とは違って、毎日試合をすることの辛さというのは想像以上で……。ついていくのに必死でした。あの頃は寮と球場の記憶しかないですから」
選手・監督として21年間も着続けた巨人のユニホームを昨年限りで脱いだ高橋は、当時の自身を取り巻く状況をこう振り返った。
六大学通算本塁打記録を塗り替えた黄金ルーキーだったが、巨人には6年目を迎えた松井秀喜、FA移籍2年目の清原和博、同4年目の広沢克らがいた。すでにプロの世界でも最高峰のホームランバッターだらけだった。
監督の長嶋茂雄からは「新人王は獲らなくてはいけない」と言われており、本人も自覚していたのだが、正直、ライバルとなる川上だけを意識していられる状況ではなかったという。
中日にとって、巨人戦は特別だった。
逆に川上は、“ジャイアンツの高橋由伸”を特別視せざるをえない環境にいた。
川上「チーム内で巨人戦への意識は強く感じました。東京ドームの巨人戦で負けたら、その帰りのバスの中は大変なことになってましたから。ホテルに帰って必ずミーティングもありました」
先発ローテーション投手として開幕を迎えると、4月14日から初めての巨人3連戦のため、東京ドームに乗り込んだ。ゲームに負けると、宿舎への帰りのバスが異様な雰囲気に包まれていることに気づいた。誰も口を開かない……。一番前には星野仙一が座っていた。
そしてホテルに着くとすぐに全員が普段は使うことのない大広間に集められた。
川上「椅子は置いてあるんですけど、誰も座る人なんていない。全員が立ちです。ホワイトボードもない。ミーティングと言うより、大学の集合と同じです」
“集合”の真ん中で星野は荒れた。置かれていたイスが飛び、最前列にいた捕手の中村武志に当たったりした。激しい怒りが渦巻く中で誰も微動だにしなかったという。