球体とリズムBACK NUMBER
マリノスの変化は確実に進んでいる。
ポステコグルーが掲げる志の壮大さ。
posted2019/01/01 11:00
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
J.LEAGUE
「大きなチャレンジのため、私はそこ(横浜)へ行った。ものすごく楽しめたよ。来年(2019年)は成功を収められることを願っている」
横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督がオーストラリア最大のギリシャ人コミュニティ向け新聞『ネオス・コスモス』のインタビューで、2018年シーズンの激動の約1年をそう振り返った。アテネ生まれの53歳のオーストラリア人指揮官は今、Jリーグでのデビューシーズンを終えて母国でひと時の骨休めをしている。
「フットボールに関して言えば、私の哲学を植え付けることで必死だった。とても不安定な歩みとなってしまったが、選手たちにとっては大転換だった。素晴らしいのは、彼らがこのやり方を心から楽しみ、真剣に取り組んでいるところだ。来季は継続性を身につけたい」
オーストラリアに革命を起こした男。
2017年11月、ポステコグルー監督はロシアW杯大陸間プレーオフの末、オーストラリアに4大会連続5度目のW杯出場権をもたらした。だがそのわずか1週間後に、自身にとって2大会連続2度目の檜舞台に立つことを拒み、代表監督を辞任。去就に注目が集まるなか、翌12月にマリノスでエリク・モンバエルツ前監督の後任を務めることが発表された。
このとき、会見での渋い表情が印象的だった指揮官の心中を想像してみた。計り知れない苦境を切り抜け、なんとか掴んだ世界の晴れ舞台での指揮権を自ら放棄した移民の子の胸のうちを。
オーストラリアはフットボールの地図上では辺境にあたる。同国ではサッカールーズ(サッカー代表)よりもワラビーズ(ラグビー代表。W杯2度制覇)の方が、歴史も実力も人気も圧倒的だ。
ポステコグルー監督はそんな国のフィジカル重視のサッカーに「革命」を起こそうとし、ショートパス主体の攻撃的なスタイルを標榜して、2度のW杯出場権とアジアカップ初制覇をもたらした。