“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
絶対プロになると中1で決断した男。
青森山田→札幌で夢実現の檀崎竜孔。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2018/09/18 17:30
札幌でのレギュラーにとどまらず、A代表のメンバーに選ばれるように育てていきたい、とクラブ関係者もその素質を絶賛している檀崎竜孔。
他県の学校に中学から進学する決断。
青森山田サッカー部へは、県外選手は中学卒業後、つまり高校から入ってくることが多い。郷家のように中学3年の途中でやってくる選手は珍しいパターンだ。だが檀崎は、中学進学と同時に青森山田の門を叩く決断を下した。早々に自立心を持って故郷を離れたからこそ……プロへのこだわりもまた一層強かったわけである。
そして迎えた今季。
4月に入って、プレミアイースト開幕節・FC東京U-18戦と第2節の富山第一戦で2試合連続2ゴールを叩き出すなど、幸先のいいスタートを切った。
しかし、5月の時点でプロからの誘いはゼロだった。その一方で関東の強豪大学2チームからのオファーが届いていた。
普通はこの時期にJクラブから練習参加の声がなければ、大学サッカーへの進学を決める選手が多い。ましてや彼のもとに来たオファーは名門大学であり、「その大学に進学して、4年後にプロを目指しても良いのではないか?」と周りから言われても不思議ではなかった。
だが、彼はあくまでプロにこだわった。
セレッソの練習参加の誘いは……。
プレミア開幕から3カ月経った7月。セレッソ大阪から練習参加の誘いを受けた檀崎は、第8節の清水エスパルスユース戦で今季8ゴール目を決めた後、一路大阪へと向かった。この練習参加に際しては相当な気合いを持って臨んだのだが、クラブからの回答は「インターハイを見てから決断する」という「保留」だった。
その間、青森山田中からのチームメイトであるDF三國ケネディエブスのアビスパ福岡入団内定が決まっていた。
「ケネ(三國)とは中学からずっとやっているので嬉しい気持ちもありました。だからこそ、『俺も続くから待っていろよ!』と思っていました」
だが、迎えたインターハイは2回戦で昌平高に2-4の逆転負け。檀崎も不発に終わってしまう。
「インターハイ後に(青森山田・黒田剛)監督を通して『(C大阪は)ダメだった』と言われました。でもそれは不甲斐無いプレーを見せてしまった自分の責任。監督は僕に気を使って『もう一度大学に話をしてみるか?』と提案してくれたんですが、僕はそれでもプロに行きたいと心に決めていたので、『まだ諦めたくありません。チャンスがまだ残されている限り、挑戦させて下さい。次がラストチャンスでも良いので、僕にチャンスを下さい』とお願いしていました」