相撲春秋BACK NUMBER
長期休場した横綱たちの物語――。
貴乃花と武蔵丸のライバル秘話。
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byKyodo News
posted2018/09/10 16:30
右ひざのけがを押して優勝決定戦に臨み、武蔵丸を左上手投げで下し優勝した貴乃花。
救いの手を差し伸べた、貴乃花。
しかし、絶望的な状態にある武蔵丸に、救いの手を差しのべたのが、また「ライバル・貴乃花」の存在だったのである。
武蔵丸の心境は、わずかな希望をもって徐々に変化していった。
「もう一回、貴乃花と対戦したい。このままでは自分がダメになる……。貴乃花が帰って来るまで待つんだ。心を入れ替えなきゃ」
ライバルの長期休場中、武蔵丸もまた、残れる気力を振り絞っていたのだ。
引退後のふたりは、お互いの深淵にあるそんな思いを、忌憚なく存分に語り合ったことがある。(文藝春秋2013年12月号 加筆訂正)
ワクワクするほど楽しみだった。
武蔵丸 それからはもう他の力士は目に入らない。もう貴乃花だけしか目に入らなかったんだよ。
貴乃花 僕が7場所休場して復帰した02年の9月場所、千秋楽で当たって、マルちゃんのその右腕で振り回された。投げられて、そのまま土俵を出ちゃったんだ。実はこの時に引退しようかとも思っていてね。長い休場明けで、「もう一度マルちゃんと結びの一番を取ったら、そこで引退しよう」と、この時の15日間は、そういうつもりで相撲を取っていた。でも因果なもので、この負けで、また「やめられないぞ」という気持ちになってしまったけど(笑)。
武蔵丸 結果的に、これが僕の12回目の最後の優勝になった。今度は僕が入れ替わるように6場所連続休場し、翌年の1月に(貴乃花)親方が引退しちゃった。
貴乃花 だから、これ('02年9月)がふたりの最後の対戦になるんだよね。自分の体の限界はわかっていたから、今でもこの翌日に引退会見を開けばよかったという気持ちがある。
武蔵丸 親方とやる時は、絶対に右を狙っていった。差せない場合は前みつを取ってね。
貴乃花 そうそう。あの最後の一戦で自分を見積もったんだ。自分の形になってまわしを取ったのに、攻めきれなかった。「ああ、もう自分はそろそろだな」とね。マルちゃんの技術と体力を、もう前に持って行けないというのがわかった。だからある意味、マルちゃんの存在が自分の力を測るバロメーターだった。
武蔵丸 毎場所、胸を合わせた同士だから、わかることがある。親方の引退以来、正直言って燃えるものがなくなっちゃったんだ。僕もずっとケガをだましだましでやって来ていたけど、それは貴乃花という燃える相手がいたからこそ、だった。だから横綱になっても毎日、稽古を頑張れたんだ。「貴乃花との千秋楽の一番」という楽しみがあるからだったんだよね。本当にワクワクするほどに楽しみだったんだ。