ファイターズ広報、記す。BACK NUMBER
清宮幸太郎昇格とベーブ・ルース。
からくり時計のように精巧な用兵術。
text by
高山通史Michifumi Takayama
photograph byKyodo News
posted2018/08/31 10:30
8月21日のソフトバンク戦で一軍に再昇格してから同28日までに3本塁打を放ち、2試合連続猛打賞を記録するなど活躍の清宮幸太郎。
幸太郎をルースと会わせないと。
なぜこのタイミングで、清宮選手なのか――。腑に落ちたのが、その試合前だった。私を含め、同戦に同行していた広報2人。選手ロッカー室周辺の通路で、談笑していた時だった。栗山監督に呼び止められ、こう聞かれた。
「幸太郎、会った? 会えたよね?」
こちら2人は、主語が不明瞭なその問い掛けに即答できなかった。すると、畳み掛けるように指示が出た。真剣だった。
「意味ないだろ。幸太郎を、静岡に呼んだんだからさ。ベーブ・ルースと会わせないと……。何とか、会わせられないかな」
ここで、すべてを理解した。草薙球場には沢村栄治、ベーブ・ルースの銅像が鎮座している。1934年の日米野球での伝説の対決を記念したモニュメントである。栗山監督は時折、清宮選手を「ベーブ」と呼び、姿を重ね合わせていることは周知の事実。チーム事情だけではなく「ベーブ・ルース」のキーワードが、この草薙球場から呼び寄せた理由の1つだったのである。
銅像に足を運んだその日に本塁打。
シートノック終了後、試合開始まで40分ほどに迫っていた。その日、清宮選手は先発メンバーの1人に名を連ねていた。準備等を含めれば、意外と時間は少ない。銅像のある球場正面は試合開始直前で、来場者やファンであふれ返っている。
そこへ清宮選手が登場すれば……。ユニホームを着用した現役選手が姿を現すには、なかなか難しい状況だった。
それでも清宮選手は、思いを受け止めて動いた。本来は試合開始まで脱ぐ必要がないスパイクからシューズへと履き替え、銅像へ足を向けた。突然の登場に一般客の方々が騒然とする中、ベーブ・ルースへと歩を進めていった。銅像ではあるが、尊敬する野球界の偉人に触れたのである。
ちなみに昇格して即起用された、その試合で本塁打を放った。栗山監督は試合後、言った。「ベーブ・ルースが打たせてくれたね」と、笑っていた。