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プロ選手たちの証言。高校野球での
「水を飲むな」の境界線は松坂世代?

posted2018/08/02 07:00

 
プロ選手たちの証言。高校野球での「水を飲むな」の境界線は松坂世代?<Number Web> photograph by Kyodo News

横浜高・松坂は1998年夏の甲子園、準々決勝PL学園戦で250球を投げるなど、炎天下で6試合、767球を投げ切って、春夏連覇を達成。

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小西斗真

小西斗真Toma Konishi

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Kyodo News

 テレビをつければ「危険な暑さが続きます」と警告され、インターネットでも「○日連続の猛暑日」だと教えてくれる。やれ「観測史上初」だの「熱中症で搬送されたのは○人」だのと聞きながら、白球を追っていた元球児や野球好きのオヤジはこう思うのである。

「俺たちのころはこんなに暑くはなかったよな」。

「でも水、飲んじゃいけなかったんだよな」と。

 そう。昭和の野球部員は全員丸刈りで、練習中に水など飲めず、そして理由などなくとも殴られた。現在は丸刈り(それでも強制したらアウト)を除けば、命令した指導者は即刻追放される。もちろん、いずれも間違っていると気づいたから正された。

根本は旧日本軍の体質では。

 なぜ水は飲めなかったのか。今の球児にとっては、そもそも意味がわからないことだろう。その根本にあるのは旧日本軍の体質だと思う。

 指導者は上官。その命令は絶対服従だというつくられた威厳。そして甲子園に行くのは厳しい。そこで勝つのはもっと厳しい。だから練習も厳しくあるべきだ。1000本ノックに耐えるのと、のどの渇きに耐えるのは同質なのだ。甲子園に行きたいよな? そのためにはどんな苦労もいとわないんだろう?

 じゃあ耐えろ……。

 当時の指導者も、水を飲まなければ野球がうまくなるとはさすがに思っていなかったはずだ。だが、忍耐力は土壇場で必ず役に立つ。この「教義」が確立されていたからこそ、強い、弱いにかかわらず本気の指導者は例外なく水を飲むことを許さなかった。

 昭和の道ばたには今では信じられないほど、たばこの吸い殻が捨てられていた。特定の誰かが悪いのではなく、マナーや常識は時代とともに改善されるものだ。「水を飲むな」から「水を飲め」へと野球部の常識も180度変わった。そのプロセスを証言とともにたどっていく。

 以下、年代を比較しやすいように3年生の夏が何回大会だったかを記す。

【次ページ】 田んぼの水、ピンクい井戸水……。

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