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「一緒に東京五輪を目指そうや!」
男子バレー福澤達哉を動かした言葉。 

text by

田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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photograph byNaoki Nishimura/AFLO SPORT

posted2018/06/12 10:30

「一緒に東京五輪を目指そうや!」男子バレー福澤達哉を動かした言葉。<Number Web> photograph by Naoki Nishimura/AFLO SPORT

全日本男子チーム最年長となる31歳の福澤。2年ぶりに代表に復帰した。

大学、社会人と先輩だった選手の急死。

 2017年9月3日。Vリーグのチームだけでなく、高校、大学、クラブチームが出場する近畿総合選手権大会の準決勝を終え、決勝に向けて短い時間で再び準備を行う最中、訃報が届いた。

 福澤にとっては中央大とパナソニック・パンサーズの先輩、'16年に現役引退した谷村孝氏が、心筋梗塞のため35歳という若さで逝去したのである。あまりに突然の別れを受け入れることができず、ただ茫然とするばかりだった。

 それでも30分後に決勝が始まるように、間もなくV・プレミアリーグも開幕する。気持ちを切り替えることなど到底できなかったが、前を向くしかない。以降、試合時のベンチにはいつも谷村氏のユニフォームを置き、タイムアウトからコートに戻るたび、そのユニフォームに触れるのが福澤のルーティーンになった。

 全日本のエースとして戦っていた頃はいかなる時も冷静を装い、勝っても負けても淡々としていた福澤が、感情を露わにする。

 V・プレミアリーグ開幕から勝ち星を重ねる幸先いいスタートを切り、昨年末の天皇杯全日本選手権大会では5年ぶりに優勝。直後のコートインタビューで福澤は「18」のユニフォームを着て「優勝したよ!」と谷村氏の名を叫ぶ。

コート上で人目をはばからず泣いた日。

 そしてその1カ月後に谷村氏の出身地でもある福岡で追悼試合として開催されたV・プレミアリーグ・堺ブレイザーズ戦に勝利すると、福澤は試合直後のコートインタビューでは人目をはばからず泣いた。

 何が何でも勝ちたい。ただその一心で、戦い続けたシーズン。

 レギュラーラウンドを1位で終え、ファイナル6に突入してからも、パナソニックも福澤も好調をキープ。4年ぶりのリーグ制覇が少しずつ現実味を帯び始めた矢先、再び予期せぬ事態に見舞われた。

【次ページ】 「人間って、誰かのために、と思うと違う力が出る」

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