燕番記者の取材メモBACK NUMBER
由規「泣いていないですよ」
笑顔で復活勝利を刻んだ“元”剛腕。
text by
浜本卓也(日刊スポーツ)Takuya Hamamoto
photograph byKyodo News
posted2018/05/05 11:30
由規の復活は、多くのファンの涙を誘った。しかし野球人生はまだまだ続いていくのだ。
剛腕投手の本能を抑える戦い。
それでも慣れ親しんだスタイルを変貌させるのは、簡単なことではなかった。マウンドから本塁までの18.44mに身を置くと、頭の中に剛腕投手の本能が沸き上がった。自然と指先にも力が入った。心の乱れが、そのまま制球の乱れへとつながってしまった。それが今季開幕から2戦目までの登板で顕著に出て、4回KOを招いていた。
「余計なことは考えない。なるようにしかならない」
新たな由規スタイル確立のため、練習から変化を恐れなかった。短い距離で、手首を使って投げる「ショートスロー」では、硬球のほかに、テニスボール、軟球を用意した。重さが軽い球から順に投げ、手首の使い方や指先、手のひらの感覚をじっくり確認した。
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「どのボールでも同じ感覚で投げられるようにできれば。ちょっとしたことで、いいきっかけをつかむこともある。しっかりと打者と勝負できるようにしたい」と、これまでのやり方を踏襲するだけでなく、新しいことにもチャレンジした。
ローテーションを務める目標は叶わずとも。
“剛速球投手”から脱皮するため、もがき、苦しみ、ようやく白星を手にした。「素直にホッとしています。開き直ってでも、気持ちでいくぞとマウンドに上がりました。冷静にバッターを見られたし、間を取れたのは良かった」と喜びの言葉が口を突いて出た。
右肩の故障前にも指揮官として由規を起用していた小川淳司監督も「素晴らしいのひと言。肩を壊す前は球威で押すスタイルだった。今日はスマートな、安定したピッチング。初めて見た気がします」と思い切り目尻を下げた。
だが、この1勝が戦いのスタートラインに立っただけだというのは、本人も分かっている。登板翌日、日程面と右肩のコンディションを考慮されて出場選手登録を抹消された。目標とする「中6日でローテーションを務める」はかなわなかった。
最短での再登録が可能な10日後の先発を目指し、調整の日々を過ごす中、1つの思いが由規を前へと突き動かしていた。