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由規「泣いていないですよ」
笑顔で復活勝利を刻んだ“元”剛腕。
posted2018/05/05 11:30
text by
浜本卓也(日刊スポーツ)Takuya Hamamoto
photograph by
Kyodo News
涙のないヒーローインタビューが、この1勝がゴールではなく、スタートだということを表していた。
ヤクルト由規は4月22日のDeNA戦に先発し、6回2/3を1安打無失点で今季初勝利を挙げた。由規といえば、節目での“涙”が印象的。2戦連続4回3失点KOで迎えた一戦での白星を手にし、ため込んでいた感情があふれ出るのではと思っていた。
だがお立ち台の姿は、これまでの“泣き顔”ではなかった。「悔しい気持ちをぶつけてやろうと思っていました。技術どうこうじゃなくて、気持ち。やっと神宮で投げられるという喜びを感じながら投げました」と、“笑顔”で声を張った。
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涙でなく顔の汗が、カクテル光線に照らされキラキラと光る。自己との葛藤に打ち勝った、美しい勝者の姿が神宮にあった。
マウンドでの姿は、かつての“剛腕”ではなかった。仙台育英(宮城)のエースとして臨んだ'07年夏の甲子園で155kmをはじきだした。プロ入り後には最速161kmまで伸ばし、プロ野球界の最速王にまで上り詰めた。
2015年には背番号も3ケタに。
だが、この日の最速は150km。カーブやスライダーを効果的に織り交ぜ、テンポ良く打たせて取るニュースタイルを貫き通した。
'11年に発症した右肩痛が、由規のすべてを一変させていた。開幕ローテーション投手を務めた'11年から、翌年は登板ゼロ。'13年にはメスを入れ、'15年オフには育成選手登録へと変更。背番号は「11」から「121」に変わった。いつしか「剛速球=由規」という方程式は、世の中で色を薄めていった。
右肩の状況、周囲の状況、置かれた現状……さまざまな変化の中で、由規も思考を変えた。「スピードは追わない」。投球後に球場の球速表示を追っていた視線を、バッターボックスの敵に向けた。「球威やキレ、打者の反応を見る」。剛速球を求めて、なりふり構わず右腕を振ることはしない。投球の間の長さを変えたりと工夫をこらし、“スピード”とではなく“打者”との勝負に全神経を張り巡らせた。