「最初は戦える、と思ったんですけど」

　淵上戦も含め、過去の試合映像が物語るのは「足を使って逃げても、結局は捕まって倒される」。また、打ち込まれる場面がほとんど見受けられなかったことから、実は打たれ強くはないと判断した。そうした分析から導かれる戦い方はこうだ。

「タイソンとホリフィールドの試合をイメージして。殴ってクリンチ、殴ってクリンチ。ごちゃごちゃごちゃっとやって泥仕合の展開に持ち込めば、チャンスが出てくる」

　盛装の男女が集ったモナコのカジノにゴングの音が鳴り響き、石田はリングの中央で足を止めた。スリリングな3分間の攻防に、手ごたえと誤算があった。

「パンチはあるし、めちゃめちゃ固かったけど、想像以上ではなかった。これなら戦えるかなって最初は思いましたね。途中からジャブをもらいだしたんで、クリンチしようと思ったんですけど……」

　王者は挑戦者の接近を許さなかった。距離を詰めようとすれば腕を伸ばして寄せ付けず、安全圏に下がろうとすれば同じだけ踏み込んできた。石田の感覚では、両者の間には常に一定の空間が保たれていた。予備動作なく繰り出されるジャブは、前に出ようとする石田の顔に的確にヒットした。

命に関わっていたかもしれない一撃。

　プランは修正せざるをえなかったが、打開策がなかった。「手も足も出えへん。どないしようもない」。この述懐がすべてだ。

　第3ラウンド2分過ぎ、防戦に回る石田の前でゴロフキンは左アッパーの構えを見せた。撒き餌だった。スウェーでかわし一瞬だけ無防備となった顎に、陸上競技で使うハンマーのような右フックが直撃した。石田の上半身はロープの外に飛び出し、テーブルに激しくぶつかりかけた頭を、リングサイドの関係者が両手でキャッチした。

「気を失って、10秒ぐらいしてからレフェリーに『何で止めんねん！』って言ったのは覚えてます。KO負けは（35戦目で）初めてでしたけど、運がよかった。あれがリングの中央やったら、キャンバスに頭を打ちつけて命に関わってたかもしれない」

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