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小平奈緒がオランダ修行で得たもの。
「競技者としては、もっと……」
text by
藤田孝夫Takao Fujita
photograph byTakao Fujita
posted2018/02/24 08:00
柔らかな笑顔を見せる小平。単身で乗り込んだオランダの地で、その潜在能力は爆発した。
「歓声で滑ってる足音が聞こえない」
例えばそれは、大会の雰囲気にも顕著に現れる。オランダ北部の都市・ヘーレンフェーンに、“ティアルフ”というインドアのスケートリンクがある。スピードスケートのメッカ、テニスで言うところのウィンブルドンのような場所である。毎年ワールドカップが開催され、熱狂的なファンで賑わう。老若男女、酔っぱらいも含めて醸し出されるその熱い空気は、残念ながら日本や北米には無い。
「私の世界大会のデビュー戦もティアルフだったんです。そこでびっくりしたんですよ。歓声で自分の滑ってる足音が聞こえないんです。もう衝撃を受けて。すごく楽しかったのを憶えてます」
この時、小平がティアルフの観衆から感じたスケートへの愛情は、今なお心にしっかりと刻まれている。
現在、小平が拠点とするのはチーム「コンティニュ」。オランダに約10あるプロチームのうちのひとつである。メンバーは精鋭女子9人。チームメートにはソチ五輪の金メダリスト、イレイン・ブストもいる。
日本の場合、スケート選手が所属するのはほとんど実業団か大学だ。ただ、オランダもチームの経営体系がプロということで、そこの所属選手が皆プロというわけではない。社会人もいれば学生もいる、基本はアマチュアだ。小平がこのチームへの参加を望んだ大きな理由は、コーチにあった。マリアンヌ・ティメルとジャンニ・ロメ。共に長野五輪の金メダリストである2人の存在が大きかった。
「オランダに行くならソチの次のシーズンだなって思っていて。結城先生に相談した時『どこのチームがいいんだ?』と聞かれて『マリアンヌとジャンニがいるチームがいいです』と答えました」
結城コーチは清水宏保を教えていた。
指導者で進路を決める。
小平にとって、これは実に自然で当たり前の事だった。相澤病院の選手として今なお指導を受け続けている結城匡啓コーチとの出会いも、自ら求めたものだ。
「中学の頃から、信州大学へ行きたいと思ってました。信大で結城先生の指導を受けたいと。結城先生がかつて清水宏保さんを教えていたので、その姿を見て、この人じゃなきゃダメだなって思ったんです。実際、大学の先輩方が結城先生の指導で“伸びてる”というか、“化けてる”のも見てましたし」
学生時代に何度も日本一を経験している小平には、高校、大学を卒業する際、有名実業団からの誘いがあった事は想像に難くない。
「トレーニング施設が充実してて、周りに強い選手がいて、有名な監督もいて、実業団というチームに憧れた時期もありました。でも、自分はもともと整ってる環境に飛び込むのはちょっと……。好きじゃないというか……」