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不倫騒動、相手ファンを尻で挑発!?
チェルシー退団テリーの5大逸話。
posted2017/04/22 09:00
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph by
Getty Images
4月17日、ジョン・テリーがチェルシー公式サイトで今季限りでの退団を発表した。
14歳で入団した貴重な生え抜きは、一軍生活だけで19年もの年月をチェルシーで過ごしてきた。2004~'05シーズンから主将を務め、獲得主要タイトル数「14」、キャプテンとしての出場試合数「578」はクラブ史上最多。36歳のCBが正真正銘の「ミスター・チェルシー」であり、生粋のリーダーであることに議論の余地はない。
その一方で、人によって極端に評価が分かれるのもテリーならでは。選手としてはプレミアリーグ史上で「最高のDF」とも称されたが、その人間性から「最低の男」と叩かれたこともある。世間の非難やプレッシャーにも屈しない姿は、味方の目には「勇ましい」と映るが、視点を変えれば「ふてぶてしい」とも見られた。
ポンコツ車で通っていた年配のスタッフに、信頼性の高い通勤の足をプレゼントすべくチーム内でカンパを募るといった美談の持ち主がテリーなら、アントン・ファーディナンド(当時QPR)に対する人種差別発言問題で、罰金と出場停止処分を受けた醜い過去を持つのもテリーだ。
そこで今回は、独断と偏見で5大ハイライトを選びつつ、常に栄光と共に物議とも背中合わせだった、通称「キャプテン、リーダー、レジェンド」のチェルシー・キャリアを振り返ってみたい。
“ユース上がりのイングランド人DF”とは一味違った。
<2000年1月30日 チェルシー対レスター(FAカップ第5ラウンド)>
主将、そして守備の要として統率力を発揮し、伝説の人となることができたのも定位置を取る実力があればこそ。個人的には、この試合で目撃した45分間がテリーというCBの出発点だった。
とはいえこの日は後半だけの出場で、特に目立った活躍があったわけではない。一軍デビューは前シーズン中に果たしてもいた。しかし“ユース上がりのイングランド人DF”というイメージとは一味違う特徴が興味を引いた。
それは足下の技術だ。両足が使えて、ボールタッチも正確。あのマルセル・デサイーを脇に置いて自ら持ち上がろうとする場面もあった。それに加えて、国産DFらしい強さと高さも十分。惜しくもポストを叩いたが、得意のヘディングでゴールにも迫った。