野ボール横丁BACK NUMBER
点を取られるのが早実のペース。
清宮が「こら勝った」と思った瞬間。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKiichi Matsumoto
posted2017/03/24 18:00
9回2アウト、投手がゴロを捕球しそこねて清宮幸太郎に打順が回った時、甲子園がどよめいた。周囲の願望を現実にした瞬間だった。
「こら勝った」と勝利を確信した瞬間。
そうして、2点差で迎えた9回表。9番・野田優人のタイムリーで3-4と1点差に詰めたが、2アウト一塁から2番・横山優斗がピッチャーゴロを打ち、万事休すかと思われた。ところが、明徳のエース北本佑斗が捕球し損なう。その瞬間、清宮はこう思ったという。
「こら勝った、と思いました」
土壇場で清宮に打席が回ったことで、スタンドがどよめく。早実は、ここから2連続四球を奪い、同点に追いついた。
明徳を率いた監督の馬淵史朗は振り返る。
「ピッチャーのマウンドでの態度を見て、フォアボールを出しそうな雰囲気やった」
数分前まで明徳のものだと思われた流れは、完全に早実に傾いていた。
10回に1点を勝ち越し、5-4で迎えた10回裏、早実は、パスボールで2アウト二塁のピンチを背負う。すると、監督の和泉はバッテリーにこう叫んだ。
「簡単に行けよ! テクニック使っちゃダメだぞ!」
相手がどんなに緻密な野球をしかけてきても、それに乗って野球を複雑化させない。早実の真骨頂だった。3人目の投手の石井豪は、落ち着いてショートゴロに打ち取り、ゲームセット。
明徳の方が「うまいっス」と清宮は言った。
清宮は明徳をこう讃えた。
「ノックを見ててもうまいですし、行き届いた野球。自分たちにはないよさがたくさんある。でも、野球は勢いとか、雰囲気とかもある。そこで優ったんだと思う」
――ノックを見てて、相手の方がうまいと思った?
「いや……見てりゃ、わかるじゃないですか! うまいっス、うまいっス」
だが、試合になれば、早実はそんなことはまったく気にしなかった。
接戦には無類の強さを誇っていたはずの明徳の馬淵は試合後、こう力なく笑うしかなかった。
「日頃の行いが悪いかもわからんな。ははは……」
明徳の「完成」された野球が、そもそもそれを目指さない不完全な野球によって綻んだ。