“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
断じて「悲劇のヒーロー」ではない!
桐光・小川航基、“本気”の才能とは?
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2016/01/06 11:00
試合後、堪えられぬ涙を拭った小川(左から2人目)。この経験は必ずや大きな糧となって、この先の人生で彼を支えるはずだ。
まったくの想定外だったロングスロー。
その後も彼はゴールを目指し続けた。
このまま2-0で終っても、小川がこの試合の主役であることは間違いなかった。
しかし、後半アディショナルタイム4分が示された直後、優勝候補・青森山田の気迫が厳しい現実を彼に突きつけることとなった。
80+2分に右CKからFW成田拳斗がヘッドで押し込むと、80+4分、時計の針は目安の4分59秒にさしかかろうとしていた、まさにラストプレーだった。左サイドからDF原山海里の脅威のロングスローが飛ぶ。この時、ニアサイドに入った小川はこう思った。
「嘘だろ!?」
これまで原山は、ニアにライナーのボールを飛ばしていた。小川を始め、桐光学園の選手達は、当然のようにボールはニアに飛んでくると思い込んでいた。
「あそこまで飛ぶとは思っていなかった。頭上のボールをただ見送ることしかできなかった」
スローモーションのように飛んでいくボール。小川の頭上をそのまま越えていくと、ファーサイドで待っていた青森山田MF吉田開の頭に吸い込まれていく。後悔した瞬間には、ボールはもうゴールの中だった。
2-2。
“悲劇のヒーロー”を作り出そうとする雰囲気が……。
試合再開直後、タイムアップのホイッスルが鳴り響いた。
大きなどよめきを残したまま、始まったPK戦。4人全員成功で迎えた先攻・桐光学園の5人目。センターライン付近で肩を組んで並んでいた水色の列から、まっすぐにペナルティースポットに向かっていったのは、小川だった。
静寂の中、ボールを置く。だが、静寂の空気の中に異様な気配も漂っていた。それは即席の“悲劇のヒーロー”を作り出そうとする作用とも言うべきか――。その作用に、小川は呑まれていった。
彼が蹴ったボールは、軽やかに右にとんだGK廣末の手を弾き、ゴールの外にこぼれていった。この瞬間、小川の高校サッカーは幕を閉じた。