セリエA ダイレクト・レポートBACK NUMBER
人件費予算は最少、監督は元銀行員。
残留を狙うエンポリの「弱者の兵法」。
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byGetty Images
posted2015/02/19 10:30
エンポリのサッリ監督の年俸はセリエAで最も安く、その額はミランのインザーギ監督の5分の1程度といわれている。
アマクラブで生まれたサッリの“33パターン伝説”。
2000年、人口9000人にも満たない小さな村にあるサンソヴィーノというアマクラブの監督を引き受けた。覚悟を決めたサッリは、銀行へ辞表を出した。
サッリの“33パターン伝説”は、このアマクラブで生まれた。
サンソヴィーノを指揮した3年の間、ひたすら勝率を上げる方策を研究したサッリは、様々なセットプレーのパターン練習を繰り返した。あまりに多いものだから、ある新入団選手が数えてみたら、覚えるべきパターンが33個もあって面食らった、というものだ。
流行に一切興味を持たないサッリの私服は、ジャケットからシャツ、靴下まで全身黒ずくめ。ヘビースモーカーぶりでは、会見場でもタバコを手放さない愛煙家の指導者ゼーマンすら凌ぐと言われる。愛読書は、アメリカの現代作家ブコウスキーとファンテの著作だ。
異色の指導者サッリの名が初めて世に出たのは、'13年の夏に、指導1年目のエンポリをセリエA昇格プレーオフ決勝へ導いたときだ。惜しくもリボルノに敗れたが、そこから1年かけてチームを成熟させ、昨年の夏にA昇格を実力で勝ち取った。
チームの中心は、トスカーナ出身の若手たち。
サッリが作り上げたエンポリのしぶとさは、23節までに積み上げたリーグ最多12回の引き分け試合に現れている。
人件費予算3位のミランを筆頭に、4位で並ぶナポリとインテルも、エンポリから前半戦の勝ち点3を奪うことはできなかった。
1月20日、コッパイタリアのベスト16ラウンドでは、ホームのローマを相手に堂々と渡り合い、延長戦に持ち込んだ。判定に疑問を残した延長後半のPKによって、1-2で惜敗したが、オリンピコのロマニスタたちは、9倍近い年俸総額をもらっているローマの選手たちへ容赦ないブーイングを浴びせ、敗者エンポリを称賛の温かい拍手で送り出したのだった。
エンポリには、プレミア経験のあるFWマッカローネやベテランFWタバーノを除くと、名のある選手はほとんどいない。チームの中心は、地元トスカーナ出身の若手選手たちだ。
手持ち資産は有効に使う。サッリは彼らに「持っている力を全部しぼり出せ」と説きながら、地面を這う長短のパスを使い分け、スペースを作り、そこを突くサッカーを教え込んだ。