日本代表、2014年ブラジルへBACK NUMBER
怪我と移籍、2つの悩みを越えて。
齋藤学、W杯シーズンへ横浜で始動。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byAFLO
posted2014/02/21 10:50
天皇杯決勝のピッチには、吹っ切れた表情の齊藤学がいた。いつかブラジル、そして欧州へ羽ばたく時の準備は、横浜で着々と進んでいる。
「俺、行っちゃだめだ」
そんなときだった。
決断の瞬間は、ふいに訪れる。
本人の記憶によれば「12月30日か31日のどっちか」。車の運転中、ふと心に飛び込んできた。
「俺、行っちゃだめだ」
試合や練習を離れれば、悩みはケガのことから移籍に変わっていた。だがあんなに悩んでいたのがまるで嘘のように、決断したとたんに葛藤は頭のなかからきれいに消え去った。
齋藤が述懐する。
「俺、自分の体のことを気にしないで、海外という目標ばかりを見ていたんです。でもやっぱり無理してやっていたところもあって、体のバランスも悪くなっていた。そうやって現実を見ていくと、もう『今はそのタイミングじゃない』って直感的に。もうそれで決断ができました」
悩んだ末の決断だからこそ、振り返ることもない。
元旦、国立競技場。
マリノスに残ると決めた齋藤の心は晴れ渡っていた。
不思議と足首の不安も消え、「出られる気がしない」と語っていた決勝のピッチに立っていた。そして前半17分、ゴール前に流れてきたボールに右足シュートで合わせ、ゴール左隅に流し込んだ。シュートも、コースも迷いはなかった。迷いを吹っ切った男らしいゴールだった。
「コンディションは良くなかったんですけど、気持ちでスッキリした分、ああやって点が取れたのかもしれない」
齋藤は、そう軽やかに言った。
悩んだ末に得られた決断だったからこそ、後ろを振り返ることもない。
手術後のリハビリも順調に進み、当初の予定より早い宮崎キャンプの初日(2月1日)からチームに合流。合流3日後の練習試合では、1ゴール1アシストの活躍を見せている。開幕に向けて、コンディションもかなり上がってきた。