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<個人複合、初の頂点へ> 渡部暁斗 「変わり者が貫く“美学”」
text by
折山淑美Toshimi Oriyama
photograph byJun Tsukida
posted2014/02/12 06:10
荻原健司も持っていた職人気質、研究家的な思考回路。
一方で、オールラウンダーとしての優越感のようなものもあるのだという。もし、ジャンプやクロカンだけでなく、アルペンやモーグルなど、すべての種目を競う本当の「キング・オブ・スキー」の競技があれば、間違いなく複合選手が優勝するはずだと自信を持つ。
「複合の選手は本当にスキーが好きだというのはありますよね。海外の選手もみんな、アルペンやテレマークスキーをやったり、クラシカル走法で遊んだり、バックカントリースキーもやる。2本の板に乗って雪山で遊ぶのが大好きな人たちの集まりなんです。だから大会でもみんな鬼気せまるものがないというか。職人気質というか、研究家というような人が多いんじゃないですか」
以前、荻原健司は、世界で勝てなくなった頃「今は白衣で研究室に入り、複合という競技を突き詰めようとしている感じなんです」と笑いながら話していたことがある。
瞬発系の能力が必要なジャンプと、持久力が必要なクロスカントリーの両方を突き詰めなければいけない競技。いわば水と油を一生懸命混ぜて、ひとつの物体を作り上げようとするような行為でもあるのだ。
「変わり者が自己満足のためにやっている感じですね」
ひとつのものを突き詰めようとしているジャンプやクロスカントリーの選手は、例えれば芸術家なのかもしれない。
それに対して複合選手は、家具や食器などの生活用品をより洗練させながらも、使いやすさと耐久性を求めることに、こだわりや自負を持って作り続けている職人のようなものなのだろう。
それゆえ、ジレンマもある。
「多分、知れば知るほど面白い競技だと思うんです。でも速く走るだけとか、遠くへ飛ぶだけという単純なものではないから。だから例えば、僕がいい成績を出して、複合の認知度が上がったとしても、ジャンプやクロカンに比べれば『始めよう』と思ってくれる子供はすごく少ないでしょうね。
頑張っても報われないというか……。結局は僕の中では、変わり者が自己満足のためにやっている感じですね」