ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
前へ進めない。でも歩きたい。
臆病風がトレイルに吹き荒れる。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/12/04 06:00
カナダまで残り500マイルを切り、井手くんは強烈な孤独感と恐怖に襲われていた。
動悸でうなされた僕に朝はやってきた。頼みもしないのに、太陽が顔を出すより、ずっと前に。White Passの茶屋に併設されたモーテルの部屋。
空気は冷たく、毛布にくるまった身体を突き刺す。前日に峠の茶屋で聞いた話によれば、この先1週間は快晴の予報だという。日付は9月9日。カナダまで残り500マイルほど。
とにかくやることを済ませてしまおうと、まずは洗濯物を処理するために茶屋へ。それが終わればストアで食糧補給だ。この旅を通して、ルーティンワークとなってきたこうした作業も、残り数えるほどしかない。やることはあっという間に終わる。
それにも関わらず、僕はこの峠からトレイルに戻ることがなかなか出来なかった。というのも、前回の区間での悪天候による恐怖体験ですっかり萎縮してしまっていたからだ。
次の補給地点までは100マイルほど。4日もあれば辿り着く距離。そして、何よりの快晴である。心配事はほとんどないと言っていい。
むしろ、北上して緯度が上がり、秋に近付くにつれて雨や降雪の心配も増えてくるので、出来るだけ早く先に進んだほうがいい。頭では分かっている。しかし身体が重い。
残り3週間ほどでカナダにたどり着く。旅が終わってしまうことに寂しさを感じるのだろうと思っていたが、この時僕は、この苦しくも長い旅にピリオドを打つことを考えるだけで必死だった。ここまでの道程に費やした時間と比べれば短いはずの残りの旅路が、永遠に感じた。
「ロングトレイルは、マインドゲームなのさ」
過去に何度もPCTを踏破した経験があるというバックパッカーと茶屋で出会い、昼食を一緒にとることになった。気がつくと、辛い気持ちを隠すことなく吐露している自分がいた。彼は余裕ある笑みを浮かべながら言う。
「ロングトレイルは、ある種のマインドゲームなのさ。だれだって気持ちの起伏はある。僕達が歩いてきた道のりだって、そうだっただろう。君はずっと一人で困難を乗り越えてきた。やれないことはないさ。感情をうまくコントロールするんだ。それは訓練で乗り越えられる」
余裕ある紳士的な彼と話すうちに、僕は背筋を伸ばし始めた。そうか、これは試練なんだ。ひとまわり大きく成長できる機会だ。過去最高に美味しかったピザで糖質をたっぷりと補給し、車道を歩いてトレイルに向かう。