ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
前へ進めない。でも歩きたい。
臆病風がトレイルに吹き荒れる。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/12/04 06:00
カナダまで残り500マイルを切り、井手くんは強烈な孤独感と恐怖に襲われていた。
パニック状態は抜け出せた、と思っていたが……。
空が泣きだす直前、次の峠Stevens Passにたどり着いた。カナダまで残り180マイル。マウンテンバイクを走りに来たというバイカーにLucky Man と共に頼み込み、ヒッチハイクは難なく成功した。
峠から一気にシアトル側のBaringへ降りる。そこは小さな売店とカフェがあるだけで、それまで見た中で最小の「町」だった。この町にはPCT MAMと呼ばれる有名なトレイルエンジェルがいる。彼らは家のガレージをドミトリーのように改装しており、僕達はそこで身を休めることが出来た。ガレージの隅にはバックパッカー達があらかじめ送っておいた補給物資の山がある。果たして残りどれだけの箱が実際に回収されるのだろうか。
久しぶりに休息日を設け、ガレージの天井を叩く雨音を聞きながら日がなゆっくりと過ごす。Lucky Manと一緒のおかげなのか、おおよそパニック状態は抜け出すことが出来たようだ。
そう、思っていた。しかし、雷鳴と共にガレージが停電を起こした瞬間、それまでなりをひそめていた臆病風が、台風の如く一気に疾風となって僕を揺らした。この施設に2泊以上することは出来ない。次に来るバックパッカーの為のルールだ。明日はトレイルに戻る。そう考えただけで、憂鬱になった。
冷たい雨の「ハイキング日和」、僕らは歩き出した。
翌朝、カフェで朝食を摂りながら地元の客と話をしていると、トントン拍子で登山口まで送ってくれることになった。
店の外は暗く、冷たい雨が降っていた。湿った風が、星条旗を強く揺らす。あらゆる施設に国旗を飾る文化は、カナダにもあるのだろうか。登山口で全身を雨具に包み、お礼を言うと、送ってくれた彼が言う。
「たいしたハイキング日和だな」
気の利いた返しが出来ず、僕はただ苦笑い。この先はPCTの中でも、最も過酷と言われる区間。このタイミングで雨に降られてしまうなんて。でも、やるんだよ。それに、僕の隣には心強い仲間がいる。
「ハイキング日和」、果たしてそうだろうか。確かめるべく、僕らは山へ戻った。