ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
前へ進めない。でも歩きたい。
臆病風がトレイルに吹き荒れる。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/12/04 06:00
カナダまで残り500マイルを切り、井手くんは強烈な孤独感と恐怖に襲われていた。
「前に進みたい」。自分の欲求に驚いた。
しかしどうだろう、一歩一歩が重い。そうか、気持ちが嫌がっているんだ。僕は、常に新しい景色を見ていたいんだ。歩いてきた道が辛くても、この先にはまだ知らない世界が待っている。
「前に進みたい」
とにかく、この状況で自分の中に前進する欲求があるということに驚いた。そんな欲求を、なにか暗闇の中で見つけたロウソクの火のように、愛おしく感じた。
ロウソクの火を消さぬよう、その火が確かにしっかり安定していることを確かめ、僕は前に向かって足を踏み出した。時折荒れ狂う恐怖心と動悸、吐き気を抑えながら。マインドゲームだ。訓練さ。
厳しい精神状態の中、気づいたことがあった。
そのゲームは厳しいものとなった。吐き気は一層強くなるし、相変わらず動悸は収まらない。何も心配ごとはないのに。もしもここで転んでしまったら、病気になったら、食糧がなくなったら、危険動物と遭遇してしまったら。こうした心配事は常に在ったはずなのに、一度ネガティブなことを考え出すと恐怖心に飲み込まれてしまいそうになる。
どうして僕は、快晴の中で牧歌的なトレイルを、悲壮感をまといながら歩いているのだろうか。情けない。本当に。転んですりむいた膝小僧が、なんだか切ない。
そんな精神状態の中で、気付けたことがあった。それは、歩き続けることが精神安定剤となることだ。
テントに閉じ込められていたからなのか、テントの中で眠る時は動悸が酷く、寝つくことが出来ない。休憩をとっていると、どうしようもない不安に襲われる。しかし、歩いている間は何かを忘れることが出来たような気がしたのだ。「ウォーキングハイ」みたいなものなのだろうか。とにかく休まず、ひたすらに歩き続けた。
少しばかり、『遊歩大全』や『メイベル男爵のバックパッキング教書』の云わんとしていることが分かった気がした。