ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
前へ進めない。でも歩きたい。
臆病風がトレイルに吹き荒れる。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/12/04 06:00
カナダまで残り500マイルを切り、井手くんは強烈な孤独感と恐怖に襲われていた。
山を歩くコンディションではない。もう、無理だ。
ハイウェイを跨ぎ、トレイルを進んでいくと、大きな湖にぶつかった。ここからトレイルは一気に高度を上げていく。
「ここでキャンプしてしまおうか。そうすれば、もしも明日の朝気分が悪かったらハイウェイまで戻って来られる」
弱腰の自分が語りかけてくる。時計は15時を指している。日が短くなってきたとはいえ、このまま歩き続ければ11マイル先の水場まではたどり着けるだろう。弱い自分と別れるチャンスだ。背水の陣を敷くべく、歩を進めることにした。
暗くなってから夕食を一人で食べることを想像してみるととても辛く、日の当たる山の稜線地点で早目の食事を済ませた。相変わらず食欲はない。水で無理やりにナッツやベーグル、チョコレートといった固形物を流し込む。エネルギーが必要だと、頭ではわかっているからだ。食べ続けないといけない。寒くなってきたトレイルを歩き続けるために。
焚き火の跡に残る人の気配が、胸を締め付ける。一人ぼっちでテントを立てて寝袋にくるまる。空はすでに冬の空気で、星がこぼれてきそうだ。
目を閉じても眠ることが出来ず、寝付いても動悸で何度も目が覚める。身体は嫌な汗で濡れ、寒い。さらに追い打ちをかけるように、テントはエルクと呼ばれる大型の鹿達によって囲まれてしまった。何をしてくるわけではないのだが、吐息が文字通り目と鼻の先で聞こえてくる。完全にパニックになった僕は、翌朝ハイウェイに戻ってしまうことを決めた。どう考えても、山を歩くコンディションではない。もう、無理だ。
今日で僕の旅は終わってしまうのだろうか。
太陽が昇る前から目は冴えていた。水を汲みに行き、深呼吸をする。今日で僕の旅は終わってしまうのだろうか。冷静になって考えてみると、ここまでの道のりを乗り越えてきた自分が奇跡みたいだ。
「よくやったよ。お前には無理だったんだ。ハードルが高すぎたのさ」
日本で応援してくれている友人の顔が次々と浮かぶ。どうやって言い訳しようか。そんなことを考えている自分を、嫌うことすら出来ない。
昨日と今日の区別がつかないような夜だったけれど、とにかく日は昇ってくる。これがトレイルで最後の一日になるのだろうか。不意に涙が頬を伝う。
山並みに陽がさし始め、身体が温かくなってくる。今日も、快晴だ。テントを畳み、前日に自分を奮い立たせ歩いて来た道を引き返して歩き始める。