ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
前へ進めない。でも歩きたい。
臆病風がトレイルに吹き荒れる。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/12/04 06:00
カナダまで残り500マイルを切り、井手くんは強烈な孤独感と恐怖に襲われていた。
顔見知りに再会し、久しぶりに名前を呼ばれると……。
やっとのことで次の峠に着き、モステルと呼ばれるドミトリータイプの宿舎へ駆け込むと、顔見知りのバックパッカー達の姿があった。
久しぶりに自分の名前を呼ばれ、幸福感で顔が火照ってくる。なんだか熱っぽい。きっと精神的なものだろう。気をぬけば一気に風邪でもひいてしまいそうだ。
Ashlandの町で別れたドイツ人夫妻BeerとRanchにも再会する。彼らは相変わらずヒッチハイクを駆使してカナダを目指しているようだ。Beerが風邪をひいてしまい、ここに3日ほど滞在しているとのことだった。そして今度はRanchの調子が悪いらしく、明日以降もしばらくここで休む予定だという。
「シャシンカ、俺達はいずれにせよこの区間をスキップするさ。なぜなら外国人の俺達にはビザの期限があるからな」
よくもヌケヌケと同じ立場の日本人に言えたセリフだと思ったが、自分に出来る精いっぱいの笑顔で答えることにする。うまく笑えた自信は、ない。
「よかったら、一緒に歩かせてくれないか」
モステルの温かいベッドの上でも、動悸はおさまらなかった。翌朝、僕は同じ部屋で寝ていたLucky Manを捕まえて手を合わせた。
「一人で歩ける自信がないんだ。よかったら、一緒に歩かせてくれないか」
彼は僕が悪天候によるテント停滞の間、すぐ近くの茂みで同じように停滞していたバックパッカーだ(前回のコラム参照)。歩くペースは僕と同じくらいで、本来ならもっと先にいてもおかしくないのだが、ところどころで友人や奥さん、従兄などと一緒に歩いているためこの位置にいる。
「ああ、かまわないよ。旅は道連れってね」
道中、彼は飾らずに教えてくれた。
「あの嵐の後から、食欲がなくてね。やけに喉が渇くんだ。正直、とにかく早くカナダについて無事に旅を終わらせたい一心だよ」
なんと、僕とほぼ同じ状況ではないか。多分に話を合わせてくれている部分がありそうだけれど。かくして、僕は最後のパートナーと共に、カナダに向けて歩きだした。