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<狂気の左サイドバックが語る代表の20年> 都並敏史 「僕を一回り超える世界基準の男が現れた」
text by
一志治夫Haruo Isshi
photograph byTadashi Shirasawa
posted2013/11/15 06:01
Jリーグでみんなの意識が変わったわけです。
'93年にプロリーグができた当時、都並は、20年後に長友のような選手が出てくると想像はしたのだろうか。
リーグの繁栄という意味ではちょっとわからなかった。あのときは、僕らも舞い上がっていたわけで、このまま続けばいいな、とは思っていたけど。日本代表のサッカーに関しては、絶対に成長していくなという確信を抱いていた。日本代表の選手はもともと意識は高かったけれど、それでも何かが足りなくて、Jリーグが始まってみんなの意識が変わったわけですよ。
Jリーグができる前は、日本代表のことなんか気づかなくていいよ、俺が苦しくなるからと思っていたんだけど、できてからは、みんなが代表を目指すようになってレベルが上がった。
だから、1993年は、日本サッカーが成長していく中で、大事な転換点、大きなポイントのひとつだったんです。その後の20年を見てもわかるように。