野ボール横丁BACK NUMBER
昨春、上原浩治は苦しんでいた――。
報道陣から遠いルートを歩いた頃。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byAFLO
posted2013/10/24 10:32
Wシリーズ進出を決め、インタビューを受ける上原浩治(右)と田澤純一。挫折を乗り越えた今の上原は、強い。
人を拒絶することで、自分を維持していたのか。
そこで練習後、上原がひとりになるタイミングを見計らい、「ボールにはもう慣れましたか?」と話しかけた。すると、こちらの目を見ずに「……まだ慣れないっすね」とだけ答え、そのままクラブハウスの中へ消えていってしまった。
上原はそうして人を拒絶することで、崩れそうな自分を辛うじて維持しているのだと思った。
当時の上原の気持ち――。それはアメリカへ渡った頃の斎藤隆と同じだったのではないか。
斎藤は2006年にベイスターズからドジャースへ移籍。ベイスターズ時代の最後は惨憺たる成績だった。
アメリカに渡ったばかりの頃、斎藤はコブクロの『Starting Line』という曲を繰り返し聴いていたと語っていたことがある。
「いろいろなものと戦っている斎藤隆にはもってこいの歌詞でしたから(笑)。'98年にベイスターズで日本一を経験して、そのあと成績が出ず、『斎藤はもう終わりじゃないか』と言われている中でアメリカにきた。まさに(歌詞の中にある)〈あやふやな今にしがみついて 手探りの日々を繰り返して〉いるような常態で。2006年の僕の気持ちにぴったりでした。〈まだ心が震えるなら もう瞳は閉じないでいい〉とかね。あのときほど自分の人生と音楽をだぶらせて聴いたことはなかった。俺のためにつくってくれた曲だって勝手に思ってましたから。日本で聴くと、ちょっとカッコよ過ぎるかもしれない。臭いというか。でもアメリカで戦ってるときは、ぴったりはまったんですよ」
リーグチャンピオンシップでMVPを獲得した上原は、インタビューで「正直、吐きそうでした」と告白した。
そんな世界最高峰の舞台で戦っている今の上原なら、どんなにカッコつけても、カッコよ過ぎるということはないだろう。
上原と『Starting Line』。この組み合わせも、実に味わい深い。