ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
道に迷い、ヒルに襲われるも……、
「トレイルが日常、街が非日常」に。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/06/14 12:45
トレイル上にある「マクドナルド」を示す看板を前に興奮する井手くん。
「タカユキ・スズキを知っているか」
迷子はなんとかなったものの、次に辛かったのは、毒草の存在だ。
「ポイズンオーク」や「プードルドッグブッシュ」と呼ばれる草がトレイル上に無数に生い茂っており、長袖にロングパンツを穿いて、藪漕ぎ状態になりながらトレイルを進まなければならなかった。
これらの草に触れると、最悪の場合、皮膚がただれ、入院しなければならないという。
途中ダート道でハイカーと出会う。彼らは毒草を避ける為、ダート道を延々と迂回しているという。と、いうより、多くのハイカーがそうしているみたいだ。どうりで疲れるわけだ。
僕は道に迷うのを恐れ、しばらくセックス・ピストルズのシド&ナンシーみたいなパンキッシュな夫婦ハイカーと一緒に歩いた。一見怖い彼らだが、日本人の僕が疲れているのを察したのか、積極的に声をかけてくれる。
「タカユキ・スズキを知っているか」
はて、そんな友人はいたかなあと考えていると、「サッカーは好きか」と聞かれたので合点した。シドの出身地、ポートランドのチームに所属していた元日本代表の鈴木隆行選手のことを言っているのだ。
彼が長友でも、香川でもなく、鈴木隆行の名をあげたのは、日韓W杯に熱狂していた自分にとって嬉しかったし、力が湧いてきた。
他に彼は日本のバンドが好きだとして、イースタン・ユースの名をあげた。ニッチな線をついてくるなあ、とニヤける。
義務的ではなく、本当の意味での「こんにちは」が繰り返される旅。
ちなみに今現在、彼の名前は覚えておらず、聞き直すタイミングも逃したのでひたすらYouで通している。
日本人の僕は皆から名前を覚えてもらっている。それなのに僕は周りのハイカーの名前をちっとも覚えられず申し訳ない。プロ野球の選手名鑑みたいなものがあったら、どんなに重かろうと担ぐのに。
ヨギーニでヴィーガン(純粋菜食者)のハイカーは、日本で食べ物に困った話(果敢にも吉野家にヴィーガンメニューを求めたという)をしてくれた。
道を教えてくれた黒人は聖書を片手に「ゴッドブレスユー」と祈ってくれた。すぐにメールアドレスを聞かれたけれど(笑)。
日本で山登りをしていると、すれ違い際に「こんにちは」を義務的に唱える文化があるが、トレイルを歩いていると、そんな不自然な形でなく、本当の意味での「こんにちは」が繰り返されるのだ。
道は既に多くの人によって歩かれており、前人未踏とはほど遠いこの旅も、旅路での出会いが彩りを豊かにしてくれる。
そんなこんなで、この区間は辛かった一方で、沢山のユニークな出会いに支えられて突破することが出来た。
僕は手持ちの水を空にしながら、Agua Dulce(アグアダルシェ、地図参照)という、小さな小さな道の駅に着いた。スーパーに駆け込み、オレンジジュースを購入。
あー。疲れた。僕は汚い顔を満足げに空に向けた。