ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
道に迷い、ヒルに襲われるも……、
「トレイルが日常、街が非日常」に。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/06/14 12:45
トレイル上にある「マクドナルド」を示す看板を前に興奮する井手くん。
ハイカーがつけてくれた渾名は「シャシンカ」。
そんなことをしていると、遠くから「Syashinka」と呼ぶ声がする。
「Syashinka」とは「写真家」のことで、ハイカーがつけてくれた僕のトレイルネームだ。大きな一眼レフカメラを肩に食い込ませているのを珍しく思ったのであろう。
世の写真を生業としている方々には申し訳ないと思いつつ、彼らが山茶花(サザンカ)みたいなアクセントで呼ぶ「Syashinka」は僕だけのものだと思い、このトレイル上での渾名を受け入れた。
声の主はロジャー。彼はフリーランスのプログラマーとして働きつつ、10年前からPCTへの挑戦を夢見ていたという。アメリカ人にとっても、やはりスルーハイクに必要な半年の時間を確保するのは容易ではないようだ。
「シャシンカ! なにしてるんだ? こっちへ来て俺らと飯をくおうぜ」
僕は彼に自分の置かれた状況を伝える。
「心配するな、シャシンカ。俺も大熊町のエンジェルの家に泊めてもらっている。飯を食ったら彼らが迎えに来てくれるから、お前もそこに泊まっていけ。な、問題ないだろう」
泊まる当てがなかったので、彼のスペシャルオファーに喜んで飛び乗る。そして、勧められるがままにパンケーキを食べた。その名も「グリズリー(灰色熊)ブレックファースト」。名前負けしない巨大なパンケーキだ。
Skypeでサークルの男友達と話し、先に進む勇気をもらう。
エンジェルの家には、すでに顔見知りのハイカーが沢山おり、庭に寝袋を広げてくつろいでいた。
中でも、Sourcream(サワークリーム)というトレイルネームを持つ、カナダ出身の19歳の青年との再会は嬉しかった。彼がPCTを旅する理由も、置かれた状況もとても僕と似通っていて、お互い親近感を感じていたのだ。
もっとも、大きな違いがあり、彼には地元に置いてきたガールフレンドがいるのだが。町に下りると常に彼女とFacebookでチャットをしている彼は、加えてさらに文通もしているらしい。ロジャーも毎回何時間も妻に電話しているし、英語のLOVEは気軽なだけに、何回もコンタクトを取らなくてはならないのだろうか。
郵便局で彼女からの手紙を受け取った彼の笑顔を見ると、こちらまで嬉しくなった。
そんな彼らの横で、僕はSkypeでサークルの男友達と話す。
悲しい知らせもあったが、僕に出来るのは、今を精一杯生きることだと思い、彼に感謝して電話を切った。昼と夜が真逆にもかかわらず、僕の話を興味深く聞いてくれる友人の存在は、僕に先に進む勇気をくれる。