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<シリーズ 3.11を越えて> 加藤久 「たったひとりの復興支援」~被災地を駆けた600日~ 

text by

佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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photograph byMiki Fukano

posted2013/03/08 06:01

<シリーズ 3.11を越えて> 加藤久 「たったひとりの復興支援」~被災地を駆けた600日~<Number Web> photograph by Miki Fukano

「1年間、自分ができることはやってきた。でも……」

 久さんは、10月末でJFA復興支援特任コーチを退任することを決めた。

 およそ1年半、ずっと走り続けてきた。特任コーチ就任後は、月に平均20日前後、被災地に赴いた。家に帰った翌日は疲れと心のリハビリで1日中、家の中でゆっくりと過ごした。娘から「体、壊れるよ」と心配もされた。久さんのユニフォームであるJFAの練習着は、何度も洗濯したのだろう、ところどころ伸びと綻びが見え、くたびれていた。

「1年間、自分ができることはやってきた。でも、100%かと言えばそうじゃない。福島県には、何も手をつけられなかったという後悔はあります。ただ、これからはJFAが被災地に入ってというよりも各市町村協会と行政が中心となって地域を活性化していくことになる。その中で僕は、個人でやっていけることを考えればいい。

 大きなバックアップがあった方がやりやすいこともあるけど、これまでその力を十分、使わせてもらった。これからは、僕に使っている経費を被災地の人のために使ってほしいなって思うんです。特任コーチをやめたからといって支援活動を止めるわけじゃない。むしろ、これからより緻密に支援していきますよ。そうして、被災地を忘れないことが復興支援で一番大事なことなんです」

 人々が被災地に赴き、地元の人もそれを受け入れる限り、復興支援の灯は消えない。また、久さんのように志を持って被災地に行けば、必ずそれに賛同してくれる仲間たちがいる。だから、久さんの流儀はこれからも変わらない。ある日、ポッと現われて、子供たちの輪の中に入って、サッカーを楽しむ。

「あっ、キューちゃんだ」

 子供たちの弾んだ声が聞こえてくる。

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加藤久

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