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荒川静香を救った一言。 

text by

田村明子

田村明子Akiko Tamura

PROFILE

posted2007/01/11 19:54

 荒川は大きく深呼吸をして、位置についた。

 音楽はプッチーニのオペラ「トゥーランドット」から、「ネッスンドルマ/誰も寝てはならぬ」。2004年に荒川が世界タイトルを手にしたプログラムと、同じメロディだった。音楽は人間のエネルギーと密接につながっている。人を高みへと導くメロディがあるとすれば、「ネッスンドルマ」は紛れもなくその力を持つ名曲だ。

 最初は荒川も少し表情が硬かったが、落ち着いてジャンプを一つ一つ着実に降りていった。3+3は入れなかったがスピードはあり、体は普段のようにしなやかに動いていた。

 後半でイナバウアーからはいる3サルコウ+2トウループ+2ループのコンビネーションを成功させると、ようやく安心したのだろう。はじめてにっこりと微笑んだ。この瞬間から、荒川静香というスケーターの持つ力と、プッチーニの音楽が持つ力が一体になり、パラヴェラ競技場を崇高なエネルギーが満たした。そして最後のスピンで荒川は片手を観客に差し出すように伸ばし、口元からは笑みがこぼれていた。

 音楽が終わるか終わらないかのうちに、記者席の真下に位置するISU(世界スケート連盟)関係者席の人々がいっせいに立ち上がった。ジャッジの資格を持つ関係者たちが、全員立ち上がって荒川に拍手を送っている。このとき、もしかしたら、という予感がした。

 だがまだ、優勝候補のイリーナ・スルツカヤが控えていた。

(以下、Number669号へ)

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