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浅田真央「絶対に勝ちたかった」 

text by

宇都宮直子

宇都宮直子Naoko Utsunomiya

PROFILE

posted2006/12/21 00:00

 11月下旬、浅田真央の新しいコスチュームはまだ完成していなかった。

 深紅に、金のレースをあしらった衣装には、まだ何本も針がついていたし、しつけ糸でとめられただけの箇所もあった。

 彼女は、それを12月1日からのNHK杯で着るつもりでいた。

 「アメリカ杯では、黒いのを着ていたんだけど、ちょっとリンクに沈んじゃうから、明るい色がいいかなと思って」

 コスチュームに袖を通して、真央はすぐに、いくつかの注文を出す。

 肩が落ちるから、背中にゴムを通してもらわないと。それから、袖も少し長いと思う。もっと短くしないと気になっちゃって、ジャンプが跳びにくい。

 袖は一方だけが長く、そこからさらにフリルが幾重にも重なって付いていた。真央は、それも気に入らなかった。しつけ糸を抜き、フリルのない袖を肩口近くまで捲り上げて、笑う。

 「ほら、このほうがずっといいよ。シンプルだし、ジャンプにも影響しない」

 短い試着の間、彼女は何度か「ジャンプ」と口にした。口調は自然で柔らかだったが、それは、近づいてきている試合への意気込みを思わせる。

 浅田は今季2戦を終え、まだ、トリプルアクセルを試合で成功させていなかった。10月の日米対抗戦では転倒、そして、3位となったアメリカ杯では、シングルになった。

 その結果を受け、新聞やテレビはこぞって、追われる者の「重圧」や「伸びた身長」を心配した。浅田真央は、いったいどうしたのか。大丈夫なのか。

 もちろん、彼女にはそれなりの葛藤があっただろう。しかし、周囲が声高に言う「心配」ほどではなかった。とくに、彼女は、悩んでも仕方のないこと、たとえば、伸びた身長を嘆いたりはしない。

 アメリカでの試合、真に注目されるべきだったのは、闘う姿勢ではなかったろうか。

 私には、今季の彼女が挑戦者に見える。トリプルアクセルは、難易度のきわめて高いジャンプだ。現在でも、女子で跳べるのは数人しかいない。

 真央は、そのジャンプをステップから跳ぶ。格段に難しいプログラムを組み、果敢に攻めてゆく。そこには、何かを守ろうとする姿勢は一切感じられなかった。

 言い換えれば彼女は今、ミスをしない、自分がこなせていた、去年のトリプルアクセルを跳んでいないのである。

 また、彼女には今季、より高い目標が必要だったろう。

 真央は負けず嫌いだ。目標を与えられれば、それを必ずやり遂げようとする。昨季、最高に近いシーズンを過ごしたからこそ、心に火をつける新たなハードルが必要だったのではないか。たとえ、序盤に結果を残せなかったとしても、彼女自身のために。

 試合ではまだ降りていないアクセルだが、練習ではほとんど失敗しない。少なくとも、北海道、苫小牧で行っていた合宿ではそうだった。

 ラファエル・アルトゥニアンコーチは、こんな練習を行うことがある。

 ジャンプを失敗するまで跳び続けよう。まずアクセル、次にルッツ……。しかし、ほとんどの場合、練習ははじめに意図したところとは違う終わり方をする。真央は、転ばない。意地でも転ばない。

 ただ彼女は、今回のNHK杯で、アメリカで2回試みたトリプルアクセルを、1回にすると発表している。

 「先生との話し合いで決めた」と話す真央に訊く。過去には、2回跳ぶことにこだわっていた時期がありましたが、現在は納得できているのですか。

 「アメリカでトライしてみて、まだこなせていない部分があるとわかったので、納得してます。1度も跳べていないのに、2回やるのは負担が大きすぎるから」

(以下、Number668号へ)

浅田真央

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