- #1
- #2
Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
木原龍一が発言「いろいろあった」その“本当の意味”…「骨に線が写っていた」木原の異変、ランチはゆで野菜…三浦璃来が支えた“2年前の挫折”
posted2026/02/28 06:01
木原龍一と三浦璃来。「いろいろあった」発言の真意とは?
text by

野口美惠Yoshie Noguchi
photograph by
JIJI PRESS
Sports Graphic Number 1096号(2024年5月16日発売)[試練の1年を終えて]三浦璃来&木原龍一「忘れちゃいけなかったこと」をミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得した記念として特別に無料公開します。〈全2回の1回目/2回目に続く〉※表記などは基本的にすべて初出時のまま
◆◆◆
「今思えば……」。三浦璃来と木原龍一の2人は、そんな言葉で今シーズン(編注:2024年、以下同)を振り返り始めた。世界選手権から帰国して10日ほどたち、心も頭も整理された4月のこと。
「今思えば、無謀な計画でした」「今思えば、ネガティブになっていました」「今思えば、手がしびれていました」。次々と溢れ出る、驚くべきエピソード。しかし、それを語る表情に、一点の曇りもない。苦難の1年を経て、2人がたどり着いた境地とは――。
2年前、木原の異変…「ドクターストップ」
ADVERTISEMENT
昨季は世界選手権を制し、悲願の頂点にたった2人。三浦は昨夏の会話を思い出す。
「『もっと強くなるために、新しいチャレンジが必要だね』と話し合いました。それで、ショートとフリーの計4つのリフトすべてで、新しい技を練習することにしました」
ところが10月の本格的なシーズンイン直前、木原の腰が悲鳴を上げた。
「夏くらいから違和感はあったのですが、今思えば『ペアスケーターは皆、常に腰痛はあるものなので大丈夫』と油断していました。MRIを撮ったら、はっきりと骨に線が写っていて……」
原因は、新しいリフトだった。リフト4つすべてを変えるというのは、シングルの選手でいえば、4回転ジャンプをいきなり4種類増やすようなもの。木原は言う。
「今思うとちょっと無謀なプランでした。世界チャンピオンになったからこそ『もっと成長しなきゃ』と思いすぎて、空回りしていました。リフトの練習量が多くなり、通常よりも腰に負荷がかかっていたのです」
診断は腰椎分離症。ドクターストップがかかった。

