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王貞治「監督日記」 勝算われにあり! <再録連載第3回>
text by
瀧 安治Yasuji Taki
photograph byKazuhito Yamada
posted2009/05/25 11:00
再録連載 第3回(2/2)
江川よ、マウンドにグラブを叩きつけろ。
唯一の救いは、彼が次の打席で送りバントをキチッとやってくれたことである。これ位の慎重さが最初からあったら、と思う。これで彼はスクイズを3回失敗したことになるのかな。それに、江川がファーストベース・カバーに入ってセーフになった場面である。タイミング的には、ベンチから見ていてもアウトのように見えた。それに江川がめずらしくグラブを叩きつけて怒ったので、これはちょっと気持を静めてやらなければと思い、塁審に抗議にいった。勝ちたいという気持が裏目に出ないように……江川もよく立ち直ってくれたと思う。欲を言うなら、あのあと宇野に同点ホームランされた時も、マウンドにグラブを叩きつけてほしかった。自分自身に対する悔しさをもっと出してもいいと思う。
キャンプ、オープン戦と順調にいってたし、このままいったら最後になって苦労するぞ、ということで、神様が早目に警鐘を鳴らしてくれたと思っている。本来なら1勝5敗のところが1勝3敗2引き分けに持ち込めたのだから、まだうちには力があるんだと、いい方に思うしかない。神から与えられた試練であればあるほど、ここを全員で乗り切るんだとコーチとも話し合う。
△昭和59年4月13日(金) 対阪神4回戦(2-2)
西本、完全試合を逃す。
大阪の宿舎・竹園旅館の建て直しでただいま仮住まいである。文化服装学院の跡とかで、キレイな建物である。それに巨人軍だけということがいい。まるで合宿所と同じである。今晩は洗いたてのタオル地のパジャマ、下に白のランニングシャツ、ブルーのデカパンをはく。全部女房の好みである。俺は与えられたものを着るだけである。
今日は西本がいいピッチングをしたが勝てなかった。もしかしたら完全試合をやるんじゃないかと思ったが、確率的に非常にむずかしいと思っていた。ベンチの中では反対に、ヤッてしまえ、達成してみろと強く西本を激励している。どうやっても勝てないが、相手も50周年だからじゃましてやれって目をつりあげてくるんだから、こっちもその気で闘志満々でやらなきゃ駄目だ。それに甲子園での阪神は強い。最後まで試合を諦めない。あの熱狂的なファンが選手をそうさせる。引き分けだったがいい試合であった。西本が投げる時は不思議と打てない。でも、それは巡り合わせであって、少しも気にすることはないと思う。防御率が0.50である。それをよりどころとして頑張るしかない。目標をいろいろ切りかえたりして頑張るのも一つの方法である。今、西本はいい経験をしていると思う。