無料公開中

記事を
ブックマークする

「『カモン、ユウト』実況が祈るように呟いた」金メダリスト・堀米雄斗はなぜ崖っぷちに追い込まれたのか?《パリ五輪最終予選・ブダペスト現地レポート①》

2024/07/24
6月にブダペストで開催された五輪最終予選。崖っぷちからパリ切符を掴んだ堀米
東京五輪・男子ストリートで金メダルに輝いた堀米雄斗。オリンピックという舞台で世界一になっただけでなく、本場アメリカのストリートシーンでも高く評価されてきた。あれから3年、多くのファンは、彼のパリ五輪出場、そしてメダル獲得を当たり前だと思い込んでいた。だが、その夢は風前の灯火となっていた。最後は大逆転でパリ切符を掴んだが、最終予選ではテレビなどでは伝え切れないドラマが起こっていた。現地で大会を取材したNumber編集部・雨宮圭吾が綴る全3回のドキュメントーー。<NumberPREMIER#2#3 も公開中>

 主役は遅れて現れる。それでこそ物語は盛り上がるというものだ。

 それにしてもなかなかやってこないな。さすがに間に合わないんじゃないかな。2年間の代表選考レースは終わりに近づき、周りの人間がそう思い始めた頃、当の主役は出口の見えない「地獄」をさまよい続けていた。

 そうこうしている間に、パリオリンピックへの扉は完全に閉じようとしていた。

 6月、オリンピック予選シリーズの最終戦がハンガリー・ブダペストで幕を開ける前、それが堀米雄斗の置かれた状況だった。

photograph by OIS/IOC
photograph by OIS/IOC

 たとえこの最終戦で勝っても代表に入れる保証はない。代表選手は各国3人まで。日本勢の5番手で大会を迎えていた堀米は、優勝したとしても他の選手の成績次第で落選する立場にあった。

 そもそも勝ちますと言って勝てるほどコンテストは甘くない。それまでの選考7大会で堀米は一つも勝てていなかっただけでなく、表彰台に上がったのも一回しかなかった。それでもトップコンテンダーとして評価され続けていたのは、代表選考に関わりのないプロツアーでは何度も優勝していたからだ。そのたびに「次こそは大丈夫だ」と言われるのに、選考大会に来るとなぜか噛み合わない。次こそは、次こそは、と言っているうちに舞台はここまで行き詰まってしまった。

東京からパリに向けてのルール変更

 噛み合わない原因の一つは「ラン」にあった。

 複数のトリックを組み合わせて45秒間滑走する「ラン」2本と、単発の大技を繰り出す「ベストトリック」5本。そのうち得点の高い3本の合計点で争うのが現在の選考大会の方式だ。

 東京オリンピックでも、堀米はランを2本ともフルメイクできず、ベストトリックで巻き返して金メダルを獲得している。どちらかと言えばベストトリックの方が得意。そんな傾向を知ってか知らずか、パリに向けてのルール変更でランの得点が必ず1本は含まれるようになった。

 これが弁慶の泣き所になっていた。ランの途中でミスが出ることもあったし、プロツアーとはジャッジの基準が違うのか、ミスなく繋いでも思ったように点数が伸びないこともあった。

 ブダペストの1カ月前にあった上海の大会でも、フルメイクしたのに通過ラインまであと0.07点で予選敗退の憂き目にあっている。

 オリンピックチャンピオンらしからぬ低空飛行。それなのにこの大会を勝ち抜くだけでも予選、準決勝、決勝と3つの関門を越えなければならない。土壇場、瀬戸際、崖っぷちの三重奏。オリンピック連覇の夢はパリにたどり着く前にすでに風前の灯火だった。

ビールを飲むハンガリーサポーターの背中

 この時期、ヨーロッパのスポーツシーンはドイツで開催されているサッカーのEURO2024で盛り上がっていた。フランツ・リスト空港に着くと、切符売り場のスタッフがサッカーハンガリー代表のユニフォームを着て働いている。そういえば乗り継ぎのフランクフルトでも搭乗口の空港スタッフがドイツ代表のユニフォーム姿だったのを思い出した。ブダペストの街中でも、レストランやバーなどいたるところで人々がテレビで試合を観戦している。

photograph by Keigo Aemiya
photograph by Keigo Aemiya

 少し街を散策してみるとドナウ川のそばにある芝生の広場に大きなプロジェクターが設置され、パブリックビューイングに人々が集まっていた。数人の警察官の姿も見えるが、彼らも警備というよりは談笑しながら遠巻きに応援しているといった感じだ。

 この日はちょうどハンガリーが開催国ドイツに挑んでいた。試合はドイツが順当に先制。ハンガリーがチャンスを迎えるたびに声援が大きくなるものの、後半に追加点を奪われてしまう。試合はそのまま終了のホイッスルを聞いた。

 劇的な勝利や逆転劇なんてそうそう起こるものではない。さばさばとした様子でおしゃべりに戻りビールを飲み直すハンガリーサポーターの背中は、それがスポーツさと言っているように思えた。

予選、早くもあとがなくなった。

 6月20日、堀米が出場する男子ストリートの予選が始まった。

 予選はラン2本のみで行われる。途中でミスが出ればまず準決勝には進めない。かといってイージーな技ばかりでは点数が伸びない。

 開始直前のウォーミングアップ、ルーティンを確認する堀米は、なかなかミスなく通せず苦しんでいるようだった。上海で得点が伸び悩んだ反省を踏まえ、普段はベストトリックで出すような難度の技をライン(ルーティン)の最後に組み込む構成に変えた。ところが、レッジと呼ばれる場所で繰り出すその技がなかなか決まらないのだ。

 予選第3組最終滑走、堀米のラン1本目。

 スイッチでのレールトリックから丁寧に技を繋いでいったが、やはり最後に入れたノーリー270ノーズスライドで転倒。66・18の得点では予選通過は厳しい。早くもあとがなくなった。

 午後4時半に予選がスタートし、次第に陽も傾き始めていた。突き刺すような日中の日差しが和らいだ代わりにぬったりと垂れ込める重たい空気。王者の落日を思わせるような気だるい雰囲気ーー。

 他の選手たちが2本目を滑り終えていくと、コースに残ったのは堀米だけになった。スタンドの視線は一人に注がれ、堀米のためだけに用意された花道のようになった。ハッピーエンドか、バッドエンドか。結末を決めるのは主役自身だ。

 ラン2本目。堀米が滑り出す。

《カモン、ユウト》実況が祈るように呟いた

《一つでもミスが出れば、その瞬間にオリンピックチャンピオンのパリ行きはなくなります!》

 オリンピックチャンネルでは実況者がそう伝えていた。客席まで伝わってくるような張り詰めた緊張感の中、堀米は確実にトリックを重ねていく。残すはラストトリックのみになった。

《これは手に汗握る展開だ!》

セクションに向かって助走に入る。

《カモン、ユウト》

 実況が祈るように呟いた瞬間、堀米はぐるりと横回転しながらレッジをタッチし、板とともに乱れなく地面の上に降り立った。1本目に失敗したのと同じトリック。今度は決まった。

photograph by OIS/IOC
photograph by OIS/IOC
 

 大きく右手を挙げて歓声に応え、やり切った表情で天を見上げる。他の選手たちも祝福してくれた。しかし、まだ終わったわけではなかった。

 これで十分だったのか、それとも足りないのか、ジャッジの点数が出るまで結果はわからない。これまでの大会では得点が伸び悩んで苦しんできたのだ。堀米は落ち着かない様子でモニターを見つめ続けた。

《#2 「キッズたちに交じって金メダリストが」ブダペスト市街で目撃した堀米雄斗の「まさか」の姿とは?《パリ五輪最終予選・現地レポート②》に続く》

photograph by Kenji Haruta

0

0

0

前記事 次記事