――2020年、藤井聡太七段(当時)が二冠を取った直後のナンバー将棋特集第一弾で中村太地七段(当時)は佐藤天彦九段と“縁側対談”を行いました。あれから3年、藤井竜王・名人が偉業を達成しました。
「当時、私は藤井さんのことをピカソと表現しましたが、あれはいい例えでしたよね(笑)。うーん、今の藤井さんを何かに例えるのは難しい……。ピカソの芸術的な綺麗さと独自のセンスに、完璧さと孤高さが加わったイメージでしょうか。野球界で大谷翔平選手を形容する言葉がなくなってしまったように、藤井さんも歴史上の偉人に重ねるのが難しくなってしまいましたね」
――永瀬拓矢王座を破り、八冠を達成した王座戦五番勝負をどう見ましたか。
「永瀬王座は防衛すれば名誉王座の称号を得られるという、互いに大きなものが懸かった対局だったので、作戦選択で微妙な掛け合わせがあったり表情ではわからない緊張感を感じましたが、総じて言えば“いつも通り”でした。記録については意識せず、あくまで自分の実力向上を目指すというのが、藤井さんの本心だったんだなというのが伝わってきて、改めてすごいなと」
――八冠達成までのこの1年では、王座戦の第3、4局を筆頭に、朝日杯将棋オープン戦準決勝の豊島将之九段戦、王座戦挑決トーナメントの村田顕弘六段戦など、驚くような逆転劇も多く目にしました。
「将棋は完全情報ゲームで、本当は誰が相手でも最善手というのは変わらないものなんです。でも『この人が指してきたからこの手は良い手なんじゃないか』というバイアスがかかってしまう。実績や強さに信用がある人の手は、相手が“主張を通してくれる”んです。王座戦第4局は特に注目されましたが、永瀬さんにとっては序中盤から最後までずっとそのバイアスがあったと思います。僕は'12年の棋聖戦でタイトルに初挑戦したのですが、羽生善治棋聖(当時)と戦うことを師匠(故・米長邦雄永世棋聖)に報告した際、第一声が『羽生を尊敬するな』でした。競技は違いますが、今年の3月に行われたWBC決勝のアメリカ戦の前に、大谷選手は『憧れるのをやめましょう』という名言で仲間を鼓舞して世界一に導きましたよね。敬意を持って相手に接することは大事ですが、勝負の世界では尊敬した相手には勝つことが難しくなるんでしょう」
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