この冬の全国高校サッカー選手権で、大旋風を巻き起こした。チームのスローガンは「Be Pirates」。波乱万丈の人生を歩んだ指揮官は、いかにして攻撃的で魅力的な「海賊団」を作ったのか。
2008年11月、前田高孝はタイの安宿街にいた。当時23歳。のちに近江高校サッカー部を率いて全国高校選手権で大旋風を巻き起こす青年は、リュックサックひとつ背負って東南アジアを放浪していた。すれ違うのは、そんなバックパッカーばかり。彼がかつて清水エスパルスに所属し、欧州でもプレーした元サッカー選手であることに気づく者は、誰もいなかった。
スマホも普及していない時代である。旅の途中で、インターネットカフェに立ち寄った。当時流行していたミクシィのメッセージを確認するためだ。ふと隣の席を見ると、丸刈り頭の日本人女性がキーボードを叩いていた。声をかけると、その女性はミャンマーとの国境沿いにある街、サンカブリへ向かうという。そこにある孤児院で、ボランティアをするのだ、と。
思わず、前田は言った。
「面白そうなんで、俺も行っていいすか?」
数日後、サンカブリの森の中で見た光景は、今でも脳裏に焼き付いている。
「グラウンドなんてない。森のちょっとしたスペースで、裸足の子どもたちがサッカーをしていたんです。小石がたくさん落ちているから、足は傷だらけ。でも、本当に楽しそうにボロボロのボールを追いかけていた。そのとき、思い出したんですよ。俺も高校までは、夢中でサッカーをやっていたな。あの頃、楽しかったよなって。プロになって、結果を出すために、クビにならないために、いつの間にか必死でサッカーをするようになっていた。子どもたちを見て、なんか自由になれた気がしたんです」
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photograph by AFLO