アジアカップでの悔恨が、主将としての振る舞いを大きく変えた。プレーと背中だけでなく、言葉も駆使してチームを引っ張る男は、いかにして若手と監督をつなぎ、W杯16強へたどり着いたのか。
2018年、長谷部誠から日本代表のキャプテンマークを引き継いだ。
予感は、あった。30歳という年齢、2度のW杯を戦った経験、チーム全体を見渡せるセンターバックのポジションであることを考えても、次は自分だと覚悟していた。
「それでもキャプテンの難しさって、体感してみないとわからないんです」
4年間で3つだけの後悔が吉田を変えた。
カタールW杯までの4年余りで、吉田麻也には後悔していることが3つだけある。いずれも主将就任からわずか3カ月後に行われ、準優勝に終わった'19年アジアカップ期間中のことである。
この大会中、吉田は“柄にもなく”宿舎のリラックスルームで頻繁に若手選手たちとトランプやゲームに興じていた。
「普段は全然やらないのに、無理してやっていましたね。ロシアW杯が終わって、新しい選手がたくさん入ってきて。最初は手探りで、変に“俺がキャプテンだ”って気を張るよりは、若手に溶け込んでコミュニケーションを取ることを優先させようと。必要以上にチームをまとめようとしていました。でも、結果的に試合に向けたルーティンを崩していた。自分の甘さ、試合に対する準備の精度の低さを痛感したんです」
'19年1月29日の出来事も悔やんでいる。この日、アジアカップ準決勝・カタール-UAE戦が行われた。前日に決勝進出を決めていた日本代表の面々は、宿舎の一室でこの試合をテレビ観戦した。UAEの指揮官は、元日本代表監督のアルベルト・ザッケローニ。テレビの前では“恩師”との再会を期待する声が飛び交っていた。
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photograph by JFA / AFLO