まさに“芽吹き”である。好調・岡田阪神の中軸を支えるのは、金本――矢野時代のドラフト指名選手たちだ。一軍で活躍する虎戦士を輩出し続けている背景には、監督が代わっても変わらない確たる育成理念があった。
現在、阪神電鉄本社でタイガースのオーナー代行者を務める谷本修が述懐する。
「あれは、矢野さんの進言がなければ生まれなかったドラマです」
ドラマの出発点は96平米の宴会場「若葉」だった。ときは2020年10月25日。第56回プロ野球ドラフト会議の前日である。グランドプリンスホテル新高輪「国際館パミール」の2階に集合したのは、阪神球団社長を筆頭に背広組16名と8名のスカウト。そこに監督の矢野燿大が加わり、ドラフト前日のスカウト会議が開かれた。
1位指名は地元西宮出身、近畿大の大物スラッガー佐藤輝明で固まっていた。複数の球団と競合必至の想定で、指揮官のクジ運にすべてを託す構えだった。巨人、ソフトバンク、オリックスとの決戦を制した矢野が、マスク姿で右拳を突き上げた映像は記憶に新しい。
だが、この幸運がドラマの本筋ではない。
前日のスカウト会議で矢野は、当時球団本部長の谷本に訴えていた。
「本当にダメなんですか? どうにかなりませんか?」
谷本が返す。
「調査書はまだですが、今からでも大丈夫です。何とかなります」
矢野が上長に直談判してまで“どうにかしたかった”こと――それは今シーズン、彗星のごとく檜舞台に舞い降りた村上頌樹の指名に他ならなかった。
2016年春のセンバツを制した智辯学園のエース、村上は東洋大に進学。ドラフト候補として複数球団の指名リストにその名が挙がっていた。
しかし、4年生で迎えた'20年9月22日の東都1部リーグ開幕戦で先発し、4回で緊急降板。セ・パのスカウトが一堂に会した神宮で右前腕を痛めてしまう。
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photograph by JIJI PRESS