思いがけない手を繰り出し、敵を混乱に陥れる「奇策」。野村克也は生前、その心得をこう明かしていた。
「奇策は、8割以上の勝算があって初めて仕掛けるもんや」
1999年4月7日。花曇りの広島市民球場は冷え込んでいた。阪神の新監督として迎える開幕2カード目の広島戦。試合前の三塁側ベンチに火鉢を据えた野村は、番記者を前にぶつくさと呟いた。
「昨日は向こうだけ火を入れていたからボールボーイに持って来させたんや。普通はビジターの方に気を遣うのと違うんか」
宿敵・巨人との開幕カードを2勝1敗と勝ち越して広島に乗り込んできた。前年まで6年連続Bクラスに沈んできた“ダメ虎”再生への期待は高まる一方。次々と出てくるボヤキは、上機嫌の証でもあった。
0-2で迎えた8回、突如乱れた相手守備のほころびをついた。ワイルドピッチを足がかりに1点を返すと、悪送球などに乗じて2-2の同点に。なおも一、二塁のチャンスに、5番・今岡誠(現在は真訪)がレフト前ヒットを放ち、左翼手のエラーも絡んで3-2と勝ち越した。
1死満塁で、左打者の星野修(現在はおさむ)。広島2番手の左腕・高橋建が3球目を投じた瞬間、三塁走者のマーク・ジョンソンがスタートを切り、スクイズを仕掛けた。
絶妙な打球が一塁線に転がり、ジョンソンが生還。さらに一塁ベースカバーのエディ・ディアスに送球された隙をついて、二塁走者の今岡がサードベースを蹴って加速した。油断していたディアスが転送にもたついた分、今岡がわずかに早くホームベースにヘッドスライディング。鮮やかな2ランスクイズが成功した瞬間だった。
全ての写真を見る -1枚-「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています